ルカ6章1~11節

2016-6-5

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「安息日の過ごし方 」

ルカ6:1-11「安息日の過ごし方 」

ある安息日に、イエスが麦畑を通っておられたとき、弟子たちは麦の穂を摘んで、手でもみ出しては食べていた。

6:2 すると、あるパリサイ人たちが言った。「なぜ、あなたがたは、安息日にしてはならないことをするのですか。」

6:3 イエスは彼らに答えて言われた。「あなたがたは、ダビデが連れの者といっしょにいて、ひもじかったときにしたことを読まなかったのですか。

6:4 ダビデは神の家にはいって、祭司以外の者はだれも食べてはならない供えのパンを取って、自分も食べたし、供の者にも与えたではありませんか。」

6:5 そして、彼らに言われた。「人の子は、安息日の主です。」

6:6 別の安息日に、イエスは会堂にはいって教えておられた。そこに右手のなえた人がいた。

6:7 そこで律法学者、パリサイ人たちは、イエスが安息日に人を直すかどうか、じっと見ていた。彼を訴える口実を見つけるためであった。

6:8 イエスは彼らの考えをよく知っておられた。それで、手のなえた人に、「立って、真中に出なさい。」と言われた。その人は、起き上がって、そこに立った。

6:9 イエスは人々に言われた。「あなたがたに聞きますが、安息日にしてよいのは、善を行なうことなのか、それとも悪を行なうことなのか。いのちを救うことなのか、それとも失うことなのか、どうですか。」

6:10 そして、みなの者を見回してから、その人に、「手を伸ばしなさい。」と言われた。そのとおりにすると、彼の手は元どおりになった。

6:11 すると彼らはすっかり分別を失ってしまって、イエスをどうしてやろうかと話し合った。