ヨハネの福音書1章6−18節

2022年11月6日

メッセージ: ダグラス・ビショップ 師

テーマ:「 神の子 」

6 “神から遣わされたヨハネという人が現れた。
7. この人はあかしのために来た。光についてあかしするためであり、すべての人が彼によって信じるため である。
8. 彼は光ではなかった。ただ光についてあかしするために来たのである。
9. すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。
10. この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。
11 この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。
12 しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権を お与えになった。
13. この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれた のである。
14. ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来ら れたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。
15 ヨハネはこの方について証言し、叫んで言った。「『私のあとから来る方は、私にまさる方である。私 より先におられたからである』と私が言ったのは、この方のことです。」
16. 私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。
17. というのは、律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したから である。
18. いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたの である。”
ヨハネの福音書 1 章 6~18 節
聖書 新改訳©2003 新日本聖書刊行会

ヨハネの福音書1章1−5節

2022年10月2日

メッセージ:ダグラス・ビショップ師

テーマ:「 言葉は神 」

1 “初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
2. この方は、初めに神とともにおられた。
3. すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもな い。
4. この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。
5. 光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。”
ヨハネの福音書 1 章 1~5 節
聖書 新改訳©2003 新日本聖書刊行会

 

ヨハネ9章24~38節

2018年3月18日

メッセージ:ビショップ・ダグラス師

テーマ「世の光」

24
そこで彼らは、盲目であった人をもう一度呼び出して言った。「神に栄光を帰しなさい。私たちはあの人が罪人であることを知っているのだ。」
25
彼は答えた。「あの方が罪人かどうか、私は知りません。ただ一つのことだけ知っています。私は盲目であったのに、今は見えるということです。」
26
そこで彼らは言った。「あの人はおまえに何をしたのか。どのようにしてその目をあけたのか。」
27
彼は答えた。「もうお話ししたのですが、あなたがたは聞いてくれませんでした。なぜもう一度聞こうとするのです。あなたがたも、あの方の弟子になりたいのですか。」
28
彼らは彼をののしって言った。「おまえもあの者の弟子だ。しかし私たちはモーセの弟子だ。
29
私たちは、神がモーセにお話しになったことは知っている。しかし、あの者については、どこから来たのか知らないのだ。」
30
彼は答えて言った。「これは、驚きました。あなたがたは、あの方がどこから来られたのか、ご存じないと言う。しかし、あの方は私の目をおあけになったのです。
31
神は、罪人の言うことはお聞きになりません。しかし、だれでも神を敬い、そのみこころを行うなら、神はその人の言うことを聞いてくださると、私たちは知っています。
32
盲目に生まれついた者の目をあけた者があるなどとは、昔から聞いたこともありません。
33
もしあの方が神から出ておられるのでなかったら、何もできないはずです。」
34
彼らは答えて言った。「おまえは全く罪の中に生まれていながら、私たちを教えるのか。」そして、彼を外に追い出した。
35
イエスは、彼らが彼を追放したことを聞き、彼を見つけ出して言われた。「あなたは人の子を信じますか。」
36
その人は答えた。「主よ。その方はどなたでしょうか。私がその方を信じることができますように。」
37
イエスは彼に言われた。「あなたはその方を見たのです。あなたと話しているのがそれです。」
38
彼は言った。「主よ。私は信じます。」そして彼はイエスを拝した。

ヨハネ3章14~21節

2017-05-21

メッセージ:デイル・ビショップ師

テーマ「さばくためではなく」

14

モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。

15

それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」

16

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

17

神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

18

御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。

19

そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行いが悪かったからである。

20

悪いことをする者は光を憎み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。

21

しかし、真理を行う者は、光のほうに来る。その行いが神にあってなされたことが明らかにされるためである。

ヨハネ3章14~21節

2017-06-04

メッセージ:デイル・ビショップ師

テーマ「さばくためではなく」

14

モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。

15

それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」

16

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

17

神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

18

御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。

19

そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行いが悪かったからである。

20

悪いことをする者は光を憎み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。

21

しかし、真理を行う者は、光のほうに来る。その行いが神にあってなされたことが明らかにされるためである。

ヨハネの福音書3章1~18節

2014/3/16

メッセージ:デイル・ビショップ 師

テーマ「新しく生まれなければ」

:1 さて、パリサイ人の中にニコデモという人がいた。ユダヤ人の指導者であった。

3:2 この人が、夜、イエスのもとに来て言った。「先生。私たちは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神がともにおられるのでなければ、あなたがなさるこのようなしるしは、だれも行なうことができません。」

3:3 イエスは答えて言われた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」

3:4 ニコデモは言った。「人は、老年になっていて、どのようにして生まれることができるのですか。もう一度、母の胎にはいって生まれることができましょうか。」

3:5 イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国にはいることができません。

3:6 肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。

3:7 あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。

3:8 風はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです。」

3:9 ニコデモは答えて言った。「どうして、そのようなことがありうるのでしょう。」

3:10 イエスは答えて言われた。「あなたはイスラエルの教師でありながら、こういうことがわからないのですか。

3:11 まことに、まことに、あなたに告げます。わたしたちは、知っていることを話し、見たことをあかししているのに、あなたがたは、わたしたちのあかしを受け入れません。

3:12 あなたがたは、わたしが地上のことを話したとき、信じないくらいなら、天上のことを話したとて、どうして信じるでしょう。

3:13 だれも天に上った者はいません。しかし天から下った者はいます。すなわち人の子です。

3:14 モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。

3:15 それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」

3:16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

3:17 神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

3:18 御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。