ローマ人への手紙16章25~27節

2014/11/2

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「頌栄(しょうえい)」

11月2日(メッセージ)ローマ16:24-27「頌栄」

16:24 [本節欠如]

16:25 私の福音とイエス・キリストの宣教によって、すなわち、世々にわたって長い間隠されていたが、今や現わされて、永遠の神の命令に従い、預言者たちの書によって、信仰の従順に導くためにあらゆる国の人々に知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを堅く立たせることができる方、

16:26 [前節に合節]

16:27 知恵に富む唯一の神に、イエス・キリストによって、御栄えがとこしえまでありますように。アーメン。

ローマ人への手紙16章21~23節

2014/10/26

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「パウロの宣教の同労者」

(ローマ16:21-23)

16:21 私の同労者テモテが、あなたがたによろしくと言っています。また私の同国人ルキオとヤソンとソシパテロがよろしくと言っています。

16:22 この手紙を筆記した私の同国人私、テルテオも、主にあってあなたがたにごあいさつ申し上げます。

16:23 私と全教会との家主であるガイオも、あなたがたによろしくと言っています。市の収入役であるエラストと兄弟クワルトもよろしくと言っています。

ローマ人への手紙16章5b~16節

2014-10-5

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「主にある同労者 Ⅱ」

私の愛するエパネトによろしく。この人はアジヤでキリストを信じた最初の人です。

16:6 あなたがたのために非常に労苦したマリヤによろしく。

16:7 私の同国人で私といっしょに投獄されたことのある、アンドロニコとユニアスにもよろしく。この人々は使徒たちの間によく知られている人々で、また私より先にキリストにある者となったのです。

16:8 主にあって私の愛するアムプリアトによろしく。

16:9 キリストにあって私たちの同労者であるウルバノと、私の愛するスタキスとによろしく。

16:10 キリストにあって練達したアペレによろしく。アリストブロの家の人たちによろしく。

16:11 私の同国人ヘロデオンによろしく。ナルキソの家の主にある人たちによろしく。

16:12 主にあって労している、ツルパナとツルポサによろしく。主にあって非常に労苦した愛するペルシスによろしく。

16:13 主にあって選ばれた人ルポスによろしく。また彼と私との母によろしく。

16:14 アスンクリト、フレゴン、ヘルメス、パトロバ、ヘルマスおよびその人たちといっしょにいる兄弟たちによろしく。

16:15 フィロロゴとユリヤ、ネレオとその姉妹、オルンパおよびその人たちといっしょにいるすべての聖徒たちによろしく。

16:16 あなたがたは聖なる口づけをもって互いのあいさつをかわしなさい。キリストの教会はみな、あなたがたによろしくと言っています。

ローマ人への手紙15章30-33節

2014/9/14

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「祈りの力」

ローマ15:30-33「祈りの力」

15:30 兄弟たち。私たちの主イエス・キリストによって、また、御霊の愛によって切にお願いします。私のために、私とともに力を尽くして神に祈ってください。

15:31 私がユダヤにいる不信仰な人々から救い出され、またエルサレムに対する私の奉仕が聖徒たちに受け入れられるものとなりますように。

15:32 その結果として、神のみこころにより、喜びをもってあなたがたのところへ行き、あなたがたの中で、ともにいこいを得ることができますように。

15:33 どうか、平和の神が、あなたがたすべてとともにいてくださいますように。アーメン。

ローマ人への手紙15章22-29節

2014/9/7

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「教会の使命」

ローマ15:22-29「教会の使命」

15:22 そういうわけで、私は、あなたがたのところに行くのを幾度も妨げられましたが、

15:23 今は、もうこの地方には私の働くべき所がなくなりましたし、また、イスパニヤに行くばあいは、あなたがたのところに立ち寄ることを多年希望していましたので、

15:24 ――というのは、途中あなたがたに会い、まず、しばらくの間あなたがたとともにいて心を満たされてから、あなたがたに送られ、そこへ行きたいと望んでいるからです。――

15:25 ですが、今は、聖徒たちに奉仕するためにエルサレムへ行こうとしています。

15:26 それは、マケドニヤとアカヤでは、喜んでエルサレムの聖徒たちの中の貧しい人たちのために醵金することにしたからです。

15:27 彼らは確かに喜んでそれをしたのですが、同時にまた、その人々に対してはその義務があるのです。異邦人は霊的なことでは、その人々からもらいものをしたのですから、物質的な物をもって彼らに奉仕すべきです。

15:28 それで、私はこのことを済ませ、彼らにこの実を確かに渡してから、あなたがたのところを通ってイスパニヤに行くことにします。

15:29 あなたがたのところに行くときは、キリストの満ちあふれる祝福をもって行くことと信じています。

ローマ人への手紙15章14~21節

2014/8/24

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「教会への確信」

ローマ15:14-21「教会への確信」

15:14 私の兄弟たちよ。あなたがた自身が善意にあふれ、すべての知恵に満たされ、また互いに訓戒し合うことができることを、この私は確信しています。

15:15 ただ私が所々、かなり大胆に書いたのは、あなたがたにもう一度思い起こしてもらうためでした。

15:16 それも私が、異邦人のためにキリスト・イエスの仕え人となるために、神から恵みをいただいているからです。私は神の福音をもって、祭司の務めを果たしています。それは異邦人を、聖霊によって聖なるものとされた、神に受け入れられる供え物とするためです。

15:17 それで、神に仕えることに関して、私はキリスト・イエスにあって誇りを持っているのです。

15:18 私は、キリストが異邦人を従順にならせるため、この私を用いて成し遂げてくださったこと以外に、何かを話そうなどとはしません。キリストは、ことばと行ないにより、

15:19 また、しるしと不思議をなす力により、さらにまた、御霊の力によって、それを成し遂げてくださいました。その結果、私はエルサレムから始めて、ずっと回ってイルリコに至るまで、キリストの福音をくまなく伝えました。

15:20 このように、私は、他人の土台の上に建てないように、キリストの御名がまだ語られていない所に福音を宣べ伝えることを切に求めたのです。

15:21 それは、こう書いてあるとおりです。「彼のことを伝えられなかった人々が見るようになり、聞いたことのなかった人々が悟るようになる。」

ローマ人への手紙15章13~21節

2013年7月14聖日

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「眠った者の初穂として」

15:13 もし、死者の復活がないのなら、キリストも復活されなかったでしょう。

15:14 そして、キリストが復活されなかったのなら、私たちの宣教は実質のないものになり、
あなたがたの信仰も実質のないものになるのです。

15:15 それどころか、私たちは神について偽証をした者ということになります。
なぜなら、もしもかりに、死者の復活はないとしたら、
神はキリストをよみがえらせなかったはずですが、
私たちは神がキリストをよみがえらせた、と言って神に逆らう証言をしたからです。

15:16 もし、死者がよみがえらないのなら、キリストもよみがえらなかったでしょう。

15:17 そして、もしキリストがよみがえらなかったのなら、
あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。

15:18 そうだったら、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのです。

15:19 もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、
私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。

15:20 しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。

15:21 というのは、死がひとりの人を通して来たように、死者の復活もひとりの人を通して来たからです。

ローマ人への手紙15章7~13節

2014/8/17

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「希望の神」

ローマ15:7-13「希望の神」

15:7 こういうわけですから、キリストが神の栄光のために、私たちを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに受け入れなさい。

15:8 私は言います。キリストは、神の真理を現わすために、割礼のある者のしもべとなられました。それは先祖たちに与えられた約束を保証するためであり、

15:9 また異邦人も、あわれみのゆえに、神をあがめるようになるためです。こう書かれているとおりです。「それゆえ、私は異邦人の中で、あなたをほめたたえ、あなたの御名をほめ歌おう。」

15:10 また、こうも言われています。「異邦人よ。主の民とともに喜べ。」

15:11 さらにまた、「すべての異邦人よ。主をほめよ。もろもろの国民よ。主をたたえよ。」

15:12 さらにまた、イザヤがこう言っています。「エッサイの根が起こる。異邦人を治めるために立ち上がる方である。異邦人はこの方に望みをかける。」

15:13 どうか、望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みにあふれさせてくださいますように。

ローマ人への手紙15章1~6節

2014/8/10

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「心を一つにして」

ローマ15:1-6

1 私たち力のある者は、力のない人たちの弱さをになうべきです。自分を喜ばせるべきではありません。

15:2 私たちはひとりひとり、隣人を喜ばせ、その徳を高め、その人の益となるようにすべきです。

15:3 キリストでさえ、ご自身を喜ばせることはなさらなかったのです。むしろ、「あなたをそしる人々のそしりは、わたしの上にふりかかった。」と書いてあるとおりです。

15:4 昔書かれたものは、すべて私たちを教えるために書かれたのです。それは、聖書の与える忍耐と励ましによって、希望を持たせるためなのです。

15:5 どうか、忍耐と励ましの神が、あなたがたを、キリスト・イエスにふさわしく、互いに同じ思いを持つようにしてくださいますように。

15:6 それは、あなたがたが、心を一つにし、声を合わせて、私たちの主イエス・キリストの父なる神をほめたたえるためです。

ローマ人への手紙14章19~23節

2014/8/3

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「私たちの生活のあり方」

8月3日(メッセージ)ローマ14:19-23「私たちの生活のあり方」

14:19 そういうわけですから、私たちは、平和に役立つことと、お互いの霊的成長に役立つこととを追い求めましょう。

14:20 食べ物のことで神のみわざを破壊してはいけません。すべての物はきよいのです。しかし、それを食べて人につまずきを与えるような人のばあいは、悪いのです。

14:21 肉を食べず、ぶどう酒を飲まず、そのほか兄弟のつまずきになることをしないのは良いことなのです。

14:22 あなたの持っている信仰は、神の御前でそれを自分の信仰として保ちなさい。自分が、良いと認めていることによって、さばかれない人は幸福です。

14:23 しかし、疑いを感じる人が食べるなら、罪に定められます。なぜなら、それが信仰から出ていないからです。信仰から出ていないことは、みな罪です。

ローマ人への手紙14章6~12節

2014/6/22

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「私たちの確信Ⅱ」

ローマ14:6-12「私たちの確信Ⅱ」

:6 日を守る人は、主のために守っています。食べる人は、主のために食べています。なぜなら、神に感謝しているからです。食べない人も、主のために食べないのであって、神に感謝しているのです。

14:7 私たちの中でだれひとりとして、自分のために生きている者はなく、また自分のために死ぬ者もありません。

14:8 もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。

14:9 キリストは、死んだ人にとっても、生きている人にとっても、その主となるために、死んで、また生きられたのです。

14:10 それなのに、なぜ、あなたは自分の兄弟をさばくのですか。また、自分の兄弟を侮るのですか。私たちはみな、神のさばきの座に立つようになるのです。

14:11 次のように書かれているからです。「主は言われる。わたしは生きている。すべてのひざは、わたしの前にひざまずき、すべての舌は、神をほめたたえる。」

14:12 こういうわけですから、私たちは、おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることになります。

ローマ人への手紙14章1~5節

2014/6/15

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「私たちの確信Ⅰ」

ローマ14:1-5「私たちの確信Ⅰ」

14:1 あなたがたは信仰の弱い人を受け入れなさい。その意見をさばいてはいけません。

14:2 何でも食べてよいと信じている人もいますが、弱い人は野菜よりほかには食べません。

14:3 食べる人は食べない人を侮ってはいけないし、食べない人も食べる人をさばいてはいけません。神がその人を受け入れてくださったからです。

14:4 あなたはいったいだれなので、他人のしもべをさばくのですか。しもべが立つのも倒れるのも、その主人の心次第です。このしもべは立つのです。なぜなら、主には、彼を立たせることができるからです。

14:5 ある日を、他の日に比べて、大事だと考える人もいますが、どの日も同じだと考える人もいます。それぞれ自分の心の中で確信を持ちなさい。

ローマ人への手紙13章11~14節

2014/6/8

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「キリストの心に生きる」

(メッセージ)ローマ13:11-14

13:11 あなたがたは、今がどのような時か知っているのですから、このように行ないなさい。あなたがたが眠りからさめるべき時刻がもう来ています。というのは、私たちが信じたころよりも、今は救いが私たちにもっと近づいているからです。

13:12 夜はふけて、昼が近づきました。ですから、私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具を着けようではありませんか。

13:13 遊興、酩酊、淫乱、好色、争い、ねたみの生活ではなく、昼間らしい、正しい生き方をしようではありませんか。

13:14 主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。

ローマ人への手紙13章8~10節

2014/6/1

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「愛の律法」

13:8 だれに対しても、何の借りもあってはいけません。ただし、互いに愛し合うことについては別です。他の人を愛する者は、律法を完全に守っているのです。

13:9 「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな。」という戒め、またほかにどんな戒めがあっても、それらは、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」ということばの中に要約されているからです。

13:10 愛は隣人に対して害を与えません。それゆえ、愛は律法を全うします。

ローマ人への手紙13章1~7節

2014/5/25

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「善をもって悪に勝て」

13:1 人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられたものです。

13:2 したがって、権威に逆らっている人は、神の定めにそむいているのです。そむいた人は自分の身にさばきを招きます。

13:3 支配者を恐ろしいと思うのは、良い行ないをするときではなく、悪を行なうときです。権威を恐れたくないと思うなら、善を行ないなさい。そうすれば、支配者からほめられます。

13:4 それは、彼があなたに益を与えるための、神のしもべだからです。しかし、もしあなたが悪を行なうなら、恐れなければなりません。彼は無意味に剣を帯びてはいないからです。彼は神のしもべであって、悪を行なう人には怒りをもって報います。

13:5 ですから、ただ怒りが恐ろしいからだけでなく、良心のためにも、従うべきです。

13:6 同じ理由で、あなたがたは、みつぎを納めるのです。彼らは、いつもその務めに励んでいる神のしもべなのです。

13:7 あなたがたは、だれにでも義務を果たしなさい。みつぎを納めなければならない人にはみつぎを納め、税を納めなければならない人には税を納め、恐れなければならない人を恐れ、敬わなければならない人を敬いなさい。

ローマ人への手紙12章19~21節

2014/5/18

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「愛の勧め」

ローマ人への手紙 12章 19節
愛する人たち。自分で復讐してはいけません。

神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。」
20節
もしあなたの敵が飢えたなら、彼に食べさせなさい。渇いたなら、

飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです。
21節
悪に負けてはいけません。かえって、

善をもって悪に打ち勝ちなさい。

ローマ人への手紙12章1~2節

2014/3/2

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「心の一心によって」

12:1 そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。

12:2 この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。

ローマ人への手紙11章25~36節

2014/2/23

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「イスラエルの救い」

11:25 兄弟たち。私はあなたがたに、ぜひこの奥義を知っていていただきたい。それは、あなたがたが自分で自分を賢いと思うことがないようにするためです。その奥義とは、イスラエル人の一部がかたくなになったのは異邦人の完成のなる時までであり、

11:26 こうして、イスラエルはみな救われる、ということです。こう書かれているとおりです。「救う者がシオンから出て、ヤコブから不敬虔を取り払う。

11:27 これこそ、彼らに与えたわたしの契約である。それは、わたしが彼らの罪を取り除く時である。」

11:28 彼らは、福音によれば、あなたがたのゆえに、神に敵対している者ですが、選びによれば、先祖たちのゆえに、愛されている者なのです。

11:29 神の賜物と召命とは変わることがありません。

11:30 ちょうどあなたがたが、かつては神に不従順であったが、今は、彼らの不従順のゆえに、あわれみを受けているのと同様に、

11:31 彼らも、今は不従順になっていますが、それは、あなたがたの受けたあわれみによって、今や、彼ら自身もあわれみを受けるためなのです。

11:32 なぜなら、神は、すべての人をあわれもうとして、すべての人を不従順のうちに閉じ込められたからです。

11:33 ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。そのさばきは、何と知り尽くしがたく、その道は、何と測り知りがたいことでしょう。

11:34 なぜなら、だれが主のみこころを知ったのですか。また、だれが主のご計画にあずかったのですか。

11:35 また、だれが、まず主に与えて報いを受けるのですか。

11:36 というのは、すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。

ローマ人への手紙11章13~24節

2014/2/16

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「異邦人への救い」

11:13 そこで、異邦人の方々に言いますが、私は異邦人の使徒ですから、自分の務めを重んじています。

 11:14 そして、それによって何とか私の同国人にねたみを引き起こさせて、その中の幾人でも救おうと願っているのです。

 11:15 もし彼らの捨てられることが世界の和解であるとしたら、彼らの受け入れられることは、死者の中から生き返ることでなくて何でしょう。

 11:16 初物が聖ければ、粉の全部が聖いのです。根が聖ければ、枝も聖いのです。

 11:17 もしも、枝の中のあるものが折られて、野生種のオリーブであるあなたがその枝に混じってつがれ、そしてオリーブの根の豊かな養分をともに受けているのだとしたら、

 11:18 あなたはその枝に対して誇ってはいけません。誇ったとしても、あなたが根をささえているのではなく、根があなたをささえているのです。

 11:19 枝が折られたのは、私がつぎ合わされるためだ、とあなたは言うでしょう。

 11:20 そのとおりです。彼らは不信仰によって折られ、あなたは信仰によって立っています。高ぶらないで、かえって恐れなさい。

 11:21 もし神が台木の枝を惜しまれなかったとすれば、あなたをも惜しまれないでしょう。

 11:22 見てごらんなさい。神のいつくしみときびしさを。倒れた者の上にあるのは、きびしさです。あなたの上にあるのは、神のいつくしみです。ただし、あなたがそのいつくしみの中にとどまっていればであって、そうでなければ、あなたも切り落とされるのです。

 11:23 彼らであっても、もし不信仰を続けなければ、つぎ合わされるのです。神は、彼らを再びつぎ合わすことができるのです。

 11:24 もしあなたが、野生種であるオリーブの木から切り取られ、もとの性質に反して、栽培されたオリーブの木につがれたのであれば、これらの栽培種のものは、もっとたやすく自分の台木につがれるはずです。

ローマ人への手紙11章1~12節

2014/2/9

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「恵みよるレムナントであれ!」

11:1 すると、神はご自分の民を退けてしまわれたのですか。絶対にそんなことはありません。この私もイスラエル人で、アブラハムの子孫に属し、ベニヤミン族の出身です。

 11:2 神は、あらかじめ知っておられたご自分の民を退けてしまわれたのではありません。それともあなたがたは、聖書がエリヤに関する個所で言っていることを、知らないのですか。彼はイスラエルを神に訴えてこう言いました。

 11:3 「主よ。彼らはあなたの預言者たちを殺し、あなたの祭壇をこわし、私だけが残されました。彼らはいま私のいのちを取ろうとしています。」

 11:4 ところが彼に対して何とお答えになりましたか。「バアルにひざをかがめていない男子七千人が、わたしのために残してある。」

 11:5 それと同じように、今も、恵みの選びによって残された者がいます。

 11:6 もし恵みによるのであれば、もはや行ないによるのではありません。もしそうでなかったら、恵みが恵みでなくなります。

 11:7 では、どうなるのでしょう。イスラエルは追い求めていたものを獲得できませんでした。選ばれた者は獲得しましたが、他の者は、かたくなにされたのです。

 11:8 こう書かれているとおりです。「神は、彼らに鈍い心と見えない目と聞こえない耳を与えられた。今日に至るまで。」

 11:9 ダビデもこう言います。「彼らの食卓は、彼らにとってわなとなり、網となり、つまずきとなり、報いとなれ。

 11:10 その目はくらんで見えなくなり、その背はいつまでもかがんでおれ。」

 11:11 では、尋ねましょう。彼らがつまずいたのは倒れるためなのでしょうか。絶対にそんなことはありません。かえって、彼らの違反によって、救いが異邦人に及んだのです。それは、イスラエルにねたみを起こさせるためです。

 11:12 もし彼らの違反が世界の富となり、彼らの失敗が異邦人の富となるのなら、彼らの完成は、それ以上の、どんなにかすばらしいものを、もたらすことでしょう。

ローマ人への手紙10章14~21節

2014/2/2

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「手を差し伸べておられる神」

10:14 しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。

 10:15 遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」

 10:16 しかし、すべての人が福音に従ったのではありません。「主よ。だれが私たちの知らせを信じましたか。」とイザヤは言っています。

 10:17 そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。

 10:18 でも、こう尋ねましょう。「はたして彼らは聞こえなかったのでしょうか。」むろん、そうではありません。「その声は全地に響き渡り、そのことばは地の果てまで届いた。」

 10:19 でも、私はこう言いましょう。「はたしてイスラエルは知らなかったのでしょうか。」まず、モーセがこう言っています。「わたしは、民でない者のことで、あなたがたのねたみを起こさせ、無知な国民のことで、あなたがたを怒らせる。」

 10:20 またイザヤは大胆にこう言っています。「わたしは、わたしを求めない者に見いだされ、わたしをたずねない者に自分を現わした。」

 10:21 またイスラエルについては、こう言っています。「不従順で反抗する民に対して、わたしは一日中、手を差し伸べた。」

ローマ人への手紙10章1~13節

2014/1/26

メッセージ:平吹 貞夫 師

テーマ「パウロの告白」

10:1 兄弟たち。私が心の望みとし、また彼らのために神に願い求めているのは、彼らの救われることです。

 10:2 私は、彼らが神に対して熱心であることをあかしします。しかし、その熱心は知識に基づくものではありません。

 10:3 というのは、彼らは神の義を知らず、自分自身の義を立てようとして、神の義に従わなかったからです。

 10:4 キリストが律法を終わらせられたので、信じる人はみな義と認められるのです。

 10:5 モーセは、律法による義を行なう人は、その義によって生きる、と書いています。

 10:6 しかし、信仰による義はこう言います。「あなたは心の中で、だれが天に上るだろうか、と言ってはいけない。」それはキリストを引き降ろすことです。

 10:7 また、「だれが地の奥底に下るだろうか、と言ってはいけない。」それはキリストを死者の中から引き上げることです。

 10:8 では、どう言っていますか。「みことばはあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。」これは私たちの宣べ伝えている信仰のことばのことです。

 10:9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。

 10:10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。

 10:11 聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」

 10:12 ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。

 10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。

ローマ人への手紙9章30~33節

2013/11/24

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「つまづきの石」

9:30 では、どういうことになりますか。
義を追い求めなかった異邦人は義を得ました。
すなわち、信仰による義です。

 9:31 しかし、イスラエルは、義の律法を追い求めながら、
その律法に到達しませんでした。

 9:32 なぜでしょうか。信仰によって追い求めることをしないで、
行ないによるかのように追い求めたからです。
彼らは、つまずきの石につまずいたのです。

 9:33 それは、こう書かれているとおりです。
「見よ。わたしは、シオンに、つまずきの石、妨げの岩を置く。
彼に信頼する者は、失望させられることがない。」

ローマ人への手紙9章6~13節

2013-10-27

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「創造主の選びのご計画」

9:6 しかし、神のみことばが無効になったわけではありません。
なぜなら、イスラエルから出る者がみな、イスラエルなのではなく、

 9:7 アブラハムから出たからといって、すべてが子どもなのではなく、
「イサクから出る者があなたの子孫と呼ばれる。」のだからです。

 9:8 すなわち、肉の子どもがそのまま神の子どもではなく、
約束の子どもが子孫とみなされるのです。

 9:9 約束のみことばはこうです。
「私は来年の今ごろ来ます。そして、サラは男の子を産みます。」

 9:10 このことだけでなく、
私たちの先祖イサクひとりによってみごもったリベカのこともあります。

 9:11 その子どもたちは、まだ生まれてもおらず、
善も悪も行なわないうちに、神の選びの計画の確かさが、行ないにはよらず、
召してくださる方によるようにと、

 9:12 「兄は弟に仕える。」と彼女に告げられたのです。

 9:13 「わたしはヤコブを愛し、エサウを憎んだ。」と書いてあるとおりです。

ローマ人への手紙8章31~39節

2013/10/6

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「勝利の確信」

8:31 では、これらのことからどう言えるでしょう。
神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。

 8:32 私たちすべてのために、
ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、
御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。

 8:33 神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。

 8:34 罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、
いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、
私たちのためにとりなしていてくださるのです。

 8:35 私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。
患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。

 8:36 「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。
私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。

 8:37 しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、
これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。

 8:38 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、
権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、

 8:39 高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、
私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。

ローマ人への手紙8章28~30節

2013/9/22

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「幸いな人々」

 8:28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、
神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

 8:29 なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人々を、
御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです。
それは、御子が多くの兄弟たちの中で長子となられるためです。

 8:30 神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、
召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりました。

ローマ人への手紙8章23~27節

2013/9/8

メッセージ:平吹貞夫

テーマ「御霊(みたま)の助けがあるから」

8:23 そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、
心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、
私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。

8:24 私たちは、この望みによって救われているのです。
目に見える望みは、望みではありません。
だれでも目で見ていることを、どうしてさらに望むでしょう。

8:25 もしまだ見ていないものを望んでいるのなら、
私たちは、忍耐をもって熱心に待ちます。

8:26 御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。
私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、
御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。

8:27 人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。
なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。

ローマ人への手紙8章18~22節

2013/9/1

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「神に造られたものたちの望み」

 8:18 今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、
取るに足りないものと私は考えます。

 8:19 被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。

 8:20 それは、被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、
服従させた方によるのであって、望みがあるからです。

 8:21 被造物自体も、滅びの束縛から解放され、
神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。

 8:22 私たちは、被造物全体が今に至るまで、
ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。

ローマ人への手紙8章12~17節

2013/8/25

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「神の子とされる証拠」

8:12 ですから、兄弟たち。私たちは、肉に従って歩む責任を、肉に対して負ってはいません。

 8:13 もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬのです。
しかし、もし御霊によって、からだの行ないを殺すなら、あなたがたは生きるのです。

 8:14 神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。

 8:15 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、
子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父。」と呼びます。

 8:16 私たちが神の子どもであることは、
御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。

 8:17 もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、
栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、
私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。

ローマ人への手紙8章9~11節

2013/8/18

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「復活の約束」

 8:9 けれども、もし神の御霊があなたがたのうちに住んでおられるなら、
あなたがたは肉の中にではなく、御霊の中にいるのです。
キリストの御霊を持たない人は、キリストのものではありません。

 8:10 もしキリストがあなたがたのうちにおられるなら、
からだは罪のゆえに死んでいても、霊が、義のゆえに生きています。

 8:11 もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、
あなたがたのうちに住んでおられるなら、
キリスト・イエスを死者の中からよみがえらせた方は、
あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、
あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです。

ローマ人への手紙8章5~8節

2013\8\11

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「救いのしるし」

 8:5 肉に従う者は肉的なことをもっぱら考えますが、
御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考えます。

 8:6 肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。

 8:7 というのは、肉の思いは神に対して反抗するものだからです。
それは神の律法に服従しません。いや、服従できないのです。

 8:8 肉にある者は神を喜ばせることができません。

ローマ人への手紙8章1~4節

2013/8/4

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「救いの確かさ」

8:1 こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。

 8:2 なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、
罪と死の原理から、あなたを解放したからです。

 8:3 肉によって無力になったため、律法にはできなくなっていることを、
神はしてくださいました。神はご自分の御子を、罪のために、
罪深い肉と同じような形でお遣わしになり、肉において罪を処罰されたのです。

 8:4 それは、肉に従って歩まず、御霊に従って歩む私たちの中に、
律法の要求が全うされるためなのです。

ローマ人への手紙7章14~25節

2013/7/28

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「二つの律法」

 7:14 私たちは、律法が霊的なものであることを知っています。
しかし、私は罪ある人間であり、売られて罪の下にある者です。

 7:15 私には、自分のしていることがわかりません。
私は自分がしたいと思うことをしているのではなく、自分が憎むことを行なっているからです。

 7:16 もし自分のしたくないことをしているとすれば、律法は良いものであることを認めているわけです。

 7:17 ですから、それを行なっているのは、もはや私ではなく、私のうちに住みついている罪なのです。

 7:18 私は、私のうち、すなわち、私の肉のうちに善が住んでいないのを知っています。
私には善をしたいという願いがいつもあるのに、それを実行することがないからです。

 7:19 私は、自分でしたいと思う善を行なわないで、かえって、したくない悪を行なっています。

 7:20 もし私が自分でしたくないことをしているのであれば、それを行なっているのは、
もはや私ではなくて、私のうちに住む罪です。

 7:21 そういうわけで、私は、善をしたいと願っているのですが、
その私に悪が宿っているという原理を見いだすのです。

 7:22 すなわち、私は、内なる人としては、神の律法を喜んでいるのに、

 7:23 私のからだの中には異なった律法があって、
それが私の心の律法に対して戦いをいどみ、私を、からだの中にある罪の律法のとりこにしているのを見いだすのです。

 7:24 私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、
私を救い出してくれるのでしょうか。

 7:25 私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。
ですから、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。

ローマ人への手紙7章7~13節

2013/7/14

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「律法を知る」

7:7 それでは、どういうことになりますか。律法は罪なのでしょうか。
絶対にそんなことはありません。ただ、律法によらないでは、私は罪を知ることがなかったでしょう。
律法が、「むさぼってはならない。」と言わなかったら、私はむさぼりを知らなかったでしょう。

 7:8 しかし、罪はこの戒めによって機会を捕え、私のうちにあらゆるむさぼりを引き起こしました。
律法がなければ、罪は死んだものです。

 7:9 私はかつて律法なしに生きていましたが、戒めが来たときに、罪が生き、私は死にました。

 7:10 それで私には、いのちに導くはずのこの戒めが、かえって死に導くものであることが、わかりました。

 7:11 それは、戒めによって機会を捕えた罪が私を欺き、戒めによって私を殺したからです。

 7:12 ですから、律法は聖なるものであり、戒めも聖であり、正しく、また良いものなのです。

 7:13 では、この良いものが、私に死をもたらしたのでしょうか。絶対にそんなことはありません。
それはむしろ、罪なのです。罪は、この良いもので私に死をもたらすことによって、
罪として明らかにされ、戒めによって、極度に罪深いものとなりました。

ローマ人への手紙7章1~6節

2013年6月23聖日

メッセージ:平吹貞夫 師

「真の自由を生きよ」

7:1 それとも、兄弟たち。あなたがたは、律法が人に対して権限を持つのは、
その人の生きている期間だけだ、ということを知らないのですか。
――私は律法を知っている人々に言っているのです。――

7:2 夫のある女は、夫が生きている間は、律法によって夫に結ばれています。
しかし、夫が死ねば、夫に関する律法から解放されます。

7:3 ですから、夫が生きている間に他の男に行けば、姦淫の女と呼ばれるのですが、
夫が死ねば、律法から解放されており、たとい他の男に行っても、姦淫の女ではありません。

7:4 私の兄弟たちよ。それと同じように、あなたがたも、キリストのからだによって、
律法に対しては死んでいるのです。それは、あなたがたが他の人、
すなわち死者の中からよみがえった方と結ばれて、神のために実を結ぶようになるためです。

7:5 私たちが肉にあったときは、律法による数々の罪の欲情が私たちのからだの中に働いていて、
死のために実を結びました。

7:6 しかし、今は、私たちは自分を捕えていた律法に対して死んだので、
それから解放され、その結果、古い文字にはよらず、新しい御霊によって仕えているのです。

ローマ人への手紙6章15~23節

2013年6月13聖日

メッセージ:平吹貞夫師

「二つの道」

6:15 それではどうなのでしょう。私たちは、律法の下にではなく、
恵みの下にあるのだから罪を犯そう、ということになるのでしょうか。
絶対にそんなことはありません。

6:16 あなたがたはこのことを知らないのですか。
あなたがたが自分の身をささげて奴隷として服従すれば、その服従する相手の奴隷であって、
あるいは罪の奴隷となって死に至り、あるいは従順の奴隷となって義に至るのです。

6:17 神に感謝すべきことには、あなたがたは、もとは罪の奴隷でしたが、
伝えられた教えの規準に心から服従し、

6:18 罪から解放されて、義の奴隷となったのです。

6:19 あなたがたにある肉の弱さのために、私は人間的な言い方をしています。
あなたがたは、以前は自分の手足を汚れと不法の奴隷としてささげて、不法に進みましたが、
今は、その手足を義の奴隷としてささげて、聖潔に進みなさい。

6:20 罪の奴隷であった時は、あなたがたは義については、自由にふるまっていました。

6:21 その当時、今ではあなたがたが恥じているそのようなものから、何か良い実を得たでしょうか。
それらのものの行き着く所は死です。

6:22 しかし今は、罪から解放されて神の奴隷となり、聖潔に至る実を得たのです。
その行き着く所は永遠のいのちです。

6:23 罪から来る報酬は死です。
しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。

ローマ人への手紙6章12~14節

2013年6月2聖日

メッセージ:平吹貞夫 師

「イエス様が一番」

6:12 ですから、あなたがたの死ぬべきからだを罪の支配にゆだねて、
その情欲に従ってはいけません。

6:13 また、あなたがたの手足を不義の器として罪にささげてはいけません。
むしろ、死者の中から生かされた者として、
あなたがた自身とその手足を義の器として神にささげなさい。

6:14 というのは、罪はあなたがたを支配することがないからです。
なぜなら、あなたがたは律法の下にはなく、恵みの下にあるからです。

ローマ人への手紙6章6~11節

2013年5月26聖日

メッセージ:平吹貞夫 師

「キリストとともに生きる」

6:6 私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、
罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、
私たちは知っています。

6:7 死んでしまった者は、罪から解放されているのです。

6:8 もし私たちがキリストとともに死んだのであれば、キリストとともに生きることにもなる、と信じます。

6:9 キリストは死者の中からよみがえって、もはや死ぬことはなく、
死はもはやキリストを支配しないことを、私たちは知っています。

6:10 なぜなら、キリストが死なれたのは、
ただ一度罪に対して死なれたのであり、キリストが生きておられるのは、
神に対して生きておられるのだからです。

6:11 このように、あなたがたも、自分は罪に対しては死んだ者であり、
神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい。

ローマ人への手紙6章1~5節

2013年5月12聖日

メッセージ:平吹貞夫 師

「新しい歩みをするために」

6:1 それでは、どういうことになりますか。
恵みが増し加わるために、私たちは罪の中にとどまるべきでしょうか。

6:2 絶対にそんなことはありません。
罪に対して死んだ私たちが、どうして、なおもその中に生きていられるでしょう。

6:3 それとも、あなたがたは知らないのですか。
キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、
その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。

6:4 私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、
キリストとともに葬られたのです。
それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、
私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。

6:5 もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じよ
うになっているのなら、必ずキリストの復活とも同じようになるからです。

ローマ人への手紙5章18~21節

2013年5月5聖日

メッセージ:平吹貞夫 師

「恵みのすばらしさ」

5:18 こういうわけで、ちょうど一つの違反によって
すべての人が罪に定められたのと同様に、
一つの義の行為によってすべての人が義と認められて、
いのちを与えられるのです。

5:19 すなわち、ちょうどひとりの人の不従順によって
多くの人が罪人とされたのと同様に、
ひとりの従順によって多くの人が義人とされるのです。

5:20 律法がはいって来たのは、違反が増し加わるためです。
しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。

5:21 それは、罪が死によって支配したように、
恵みが、私たちの主イエス・キリストにより、
義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためなのです。

ローマ人への手紙5章15~17節

2013年4月21聖日

メッセージ:平吹貞夫 師

「復活のいのちと力によって」

ローマ人への手紙5章15~17節

5:15 ただし、恵みには違反の場合とは違う点があります。もしひとりの違反によって多くの人が死んだとすれば、それにもまして、神の恵みとひとりの人イエス・キリストの恵みによる賜物とは、多くの人々に満ちあふれるのです。
5:16 また、賜物には、罪を犯したひとりによる場合と違った点があります。さばきの場合は、一つの違反のために罪に定められたのですが、恵みの場合は、多くの違反が義と認められるからです。
5:17 もしひとりの違反により、ひとりによって死が支配するようになったとすれば、なおさらのこと、恵みと義の賜物とを豊かに受けている人々は、ひとりのイエス・キリストにより、いのちにあって支配するのです。

ローマ人への手紙5章12~14節

2013年4月7聖日

メッセージ:平吹貞夫牧師

「ひとりの人によって」

5:12 そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界に入り、
罪によって死が入り、こうして死が全人類に広がったのと同様に、
──それというのも全人類が罪を犯したからです。

 5:13 というのは、
律法が与えられるまでの時期にも罪は世にあったからです。
しかし罪は、何かの律法がなければ、認められないものです。

 5:14 ところが死は、アダムからモーセまでの間も、
アダムの違反と同じようには罪を犯さなかった人々をさえ支配しました。
アダムはきたるべき方のひな型です。

ローマ人への手紙3章25~26節

012年9月2聖日

「福音の時代」

礼拝メッセージ:平吹貞夫牧師

神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、
公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現すためです。というのは、
今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。
それは、今の時にご自身の義を現すためであり、こうして神ご自身が義であり、
また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。

ローマ人への手紙3章21~22節

2012年8月19聖日

「救いの道」

礼拝メッセージ:平吹貞夫牧師

しかし、今は、律法とは別に、しかも律法と預言者によってあかしされて、
神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による
神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。

ローマ人への手紙3章19~20節

2012年8月12聖日

「最も大切なこと」

礼拝メッセージ:平吹貞夫牧師

さて、私たちは、律法の言うことはみな、
律法の下にある人々に対して言われていることを知っています。
それは、すべての口がふさがれて、全世界が神のさばきに服するためです。
なぜなら、律法を行うことによっては、
だれひとり神の前に義と認められないからです。
律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。

ローマ人への手紙3章9~18節

2012年8月25聖日
メッセージ 平吹貞夫牧師

聖書箇所:ローマ人への手紙3章9節~18節

では、どうなのでしょう。私たちは他の者にまさっているのでしょうか。決してそうではありません。
私たちは前に、ユダヤ人もギリシヤ人も、すべての人が罪の下にあると責めたのです。
それは、次のように書いてあるとおりです。「義人はいない。ひとりもいない。悟りのある人はいない。
神を求める人はいない。すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。善を行う人はいない。
ひとりもいない。」「彼らののどは、開いた墓であり、彼らはその舌で欺く。」「彼らのくちびるの下には
まむしの毒があり、「彼らの口は、のろいと苦さで満ちている。」「彼らの足は血を流すのに速く、
彼らの道には、破壊と悲惨がある。また、彼らは平和の道を知らない。」「彼らの目の前には、神に対する
恐れがない。」

ローマ人への手紙1章1~17節

2019年1月20日

メッセージ:ダグラス・ビショップ師

テーマ「福音・神の力」

ローマ人への手紙

1

1,神の福音のために選び分けられ、使徒として召されたキリスト・イエスのしもべパウロ、

2,--この福音は、神がその預言者たちを通して、聖書において前から約束されたもので、

3,御子に関することです。御子は、肉によればダビデの子孫として生まれ、

4,聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス・キリストです。

5,このキリストによって、私たちは恵みと使徒の務めを受けました。それは、御名のためにあらゆる国の人々の中に信仰の従順をもたらすためです。

6,あなたがたも、それらの人々の中にあって、イエス・キリストによって召された人々です、--このパウロから、

7,ローマにいるすべての、神に愛されている人々、召された聖徒たちへ。私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安があなたがたの上にありますように。

8,まず第一に、あなたがたすべてのために、私はイエス・キリストによって私の神に感謝します。それは、あなたがたの信仰が全世界に言い伝えられているからです。

9,私が御子の福音を宣べ伝えつつ霊をもって仕えている神があかししてくださることですが、私はあなたがたのことを思わぬ時はなく、

10,いつも祈りのたびごとに、神のみこころによって、何とかして、今度はついに道が開かれて、あなたがたのところに行けるようにと願っています。

11,私があなたがたに会いたいと切に望むのは、御霊の賜物をいくらかでもあなたがたに分けて、あなたがたを強くしたいからです。

12,というよりも、あなたがたの間にいて、あなたがたと私との互いの信仰によって、ともに励ましを受けたいのです。

13,兄弟たち。ぜひ知っておいていただきたい。私はあなたがたの中でも、ほかの国の人々の中で得たと同じように、いくらかの実を得ようと思って、何度もあなたがたのところに行こうとしたのですが、今なお妨げられているのです。

14,私は、ギリシヤ人にも未開人にも、知識のある人にも知識のない人にも、返さなければならない負債を負っています。

15,ですから、私としては、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を伝えたいのです。

16,私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。

17,なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。