ヨシュア記1章1−9節

2022年9月25日

メッセージ:田近 玲欧奈 師

テーマ:「モーセとともにいたように」

1 “さて、主のしもべモーセが死んで後、主はモーセの従者、ヌンの子ヨシュアに告げて仰せられた。
2 「わたしのしもべモーセは死んだ。今、あなたとこのすべての⺠は立って、このヨルダン川を渡り、 わたしがイスラエルの人々に与えようとしている地に行け。
3. あなたがたが足の裏で踏む所はことごとく、わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたに与えてい る。
4. あなたがたの領土は、この荒野とあのレバノンから、大河ユーフラテス、ヘテ人の全土および日の入る ほうの大海に至るまでである。
5. あなたの一生の間、だれひとりとしてあなたの前に立ちはだかる者はいない。わたしは、モーセととも にいたように、あなたとともにいよう。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。
6. 強くあれ。雄々しくあれ。わたしが彼らに与えるとその先祖たちに誓った地を、あなたは、この⺠に継 がせなければならないからだ。
7. ただ強く、雄々しくあって、わたしのしもべモーセがあなたに命じたすべての律法を守り行え。これを 離れて右にも左にもそれてはならない。それは、あなたが行く所ではどこででも、あなたが栄えるためで ある。
8. この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしる されているすべてのことを守り行うためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えるこ とができるからである。
9. わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはなら ない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」”
ヨシュア記 1 章 1〜9 節
聖書 新改訳©2003 新日本聖書刊行会

 

ローマ人への手紙8章26−39節

2022年9月18日

メッセージ:川崎 敏一 師

テーマ:「圧倒的神の愛」

26 “御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、どのように祈ったらよいか わからないのですが、御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてく ださいます。
27. 人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。なぜなら、御霊は、神のみこ ころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。

28. 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせ て益としてくださることを、私たちは知っています。
29. なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人々を、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたか らです。それは、御子が多くの兄弟たちの中で⻑子となられるためです。

30. 神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに 栄光をお与えになりました。
31. では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対で きるでしょう。

32. 私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょ にすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。
33. 神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。
34. 罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・ イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。

35. 私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えで すか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。
36 「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」 と書いてあるとおりです。

37. しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒 的な勝利者となるのです。
38. 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、 力ある者も、

39. 高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たち を引き離すことはできません。”
ローマ人への手紙 8 章 26〜39 節
聖書 新改訳©2003 新日本聖書刊行会

創世記12章1−4節

2022年8月28日

メッセージ:松田 聖一 師

テーマ:「あなたは祝福となりなさい」

1 “主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ 行きなさい。
2 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなた の名は祝福となる。
3 あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなた によって祝福される。」
4 アブラムは主がお告げになったとおりに出かけた。ロトも彼といっしょに出かけた。アブラムがハランを出たとき は、七十五歳であった。”
創世記 12章1~4節
聖書 新改訳©2003 新日本聖書刊行会

マルコの福音書5章25−34節

2021年8月1日

メッセージ:小島  清志 師

テーマ:「神が喜ばれる信仰者〜長血の女性」

25  ”ところで、十二年の間長血をわずらっている女がいた。
26 この女は多くの医者からひどいめに会わされて、自分の持ち物をみな使い果たしてしまったが、何のかいもなく、かえって悪くなる一方であった。
27 彼女は、イエスのことを耳にして、群衆の中に紛れ込み、うしろから、イエスの着物にさわった。
28 「お着物にさわることでもできれば、きっと直る」と考えていたからである。
29 すると、すぐに、血の源がかれて、ひどい痛みが直ったことを、からだに感じた。
30 イエスも、すぐに、自分のうちから力が外に出て行ったことに気づいて、群衆の中を振り向いて、「だれがわたしの着物にさわったのですか」と言われた。
31 そこで弟子たちはイエスに言った。「群衆があなたに押し迫っているのをご覧になっていて、それでも『だれがわたしにさわったのか』とおっしゃるのですか。」
32 イエスは、それをした人を知ろうとして、見回しておられた。
33 女は恐れおののき、自分の身に起こった事を知り、イエスの前に出てひれ伏し、イエスに真実を余すところなく打ち明けた。
34 そこで、イエスは彼女にこう言われた。「娘よ。あなたの信仰があなたを直したのです。安心して帰りなさい。病気にかからず、すこやかでいなさい。」”
マルコの福音書 5章25~34節
聖書 新改訳©2003新日本聖書刊行会

ヘブル人への手紙12章1−3節

2022年8月21日

メッセージ:松田 有未 師

テーマ:「イエスから目を離さないで」

1 “こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっ さいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませ んか。
2 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜 びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。

3 あなたがたは、罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気 を失い、疲れ果ててしまわないためです。”
ヘブル人への手紙 12章1~3節
聖書 新改訳©2003 新日本聖書刊行会

ローマ人への手紙5章1−5節

2022年8月14日

メッセージ:川崎 敏一 師

テーマ:「神の愛が注がれている」

1  “ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。
2  またキリストによって、いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられた私たちは、神の栄光を望んで大いに喜んでいます。
3. そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、
4. 忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。
5. この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。”
ローマ人への手紙 5章1~5節
聖書 新改訳©2003新日本聖書刊行会

第1ペテロ4章7−11節

2022年8月7日

メッセージ:バークロフト・ベン神学生

テーマ:「熱心な愛で神が崇められる」

特別賛美:バークロフト・ベン神学生

 

7  “万物の終わりが近づきました。ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。
8. 何よりもまず、互いに熱心に愛し合いなさい。愛は多くの罪をおおうからです。
9  つぶやかないで、互いに親切にもてなし合いなさい。
10. それぞれが賜物を受けているのですから、神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、互いに仕え合いなさい。
11 語る人があれば、神のことばにふさわしく語り、奉仕する人があれば、神が豊かに備えてくださる力によって、それにふさわしく奉仕しなさい。それは、すべてのことにおいて、イエス・キリストを通して神があがめられるためです。栄光と支配が世々限りなくキリストにありますように。アーメン。”
ペテロの手紙 第一 4章7~11節
聖書 新改訳©2003新日本聖書刊行会

聖書版画展2021年

2021年4月7日

テーマ:聖書版画展

作  者:大久保 法幸

展示期間:2021年4月11日(日)〜5月2日(日)

     (日曜のみ観覧可能)

場 所:コイノニアキリスト教会礼拝堂

     〒069−0825 江別市野幌東町48番地の1

連絡先:平吹貞夫牧師師 携帯電話 090−5077−2024

   (平日などに観覧希望の方は以上の携帯電話にご連絡ください。)

〈作 品 情 報〉

 

《大久保法幸自選聖書版画展》展示にあたって (HP用)

聖なる御名を賛美いたします。この度はこのような場をお与えくださいましたことを心よりお礼申し上げます。

作品は、いずれも私が聖書と親しみ個人的に示されたものを披歴するものです。いわゆる「読みづらい」聖書の“さし絵”となり、多くの方々の聖書へのアプローチに役立つことが祈りであります。もちろん、同じ主にある兄弟姉妹と証し(画に添えた小さな証です)を共有することが喜びでもあります。

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1.山上の垂訓

この山の上の空 は、今のこの空と 続いていて、貧し い者、悲しむ者の 傍でイエスが今も 語りかけている。

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2.荒海

他ならぬイエスが「大丈夫」 と言って下さる。その保証 を信じることが信仰。ただ し、「恐れることはない」と おっしゃるのは、絶対安全 だからという甘いものでも ない。

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3.洗足

人の足を洗うこと、
それを人から言われ
てやること、さりげ
なくやることは、こ
とさら難しい。あの
人の足を洗うなん て、もっと至難の業。イエスは最期に及んで なお、その大切さを身をもって示す。

4.讃美はちから

♪賛美は祈りであ
り、証しに他なら
ない。それ故、囚人
達や看守を動かす
ものがあった。パ
ウロらはこの状況 ですら喜びをもって働きを行っていた。

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5.いやし主

その身の痛さ、つらさは 人にはわからない。 ど んな薬石よりも、手をと って、その痛み、つらさ を分かち合うことで人 はいやされる。それがで きるのはイエスをおい てほかにいない。

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6.十字架降架

アリマタヤのヨセフと、 ニコデモはイエスとの繋 がりをそれまであまり表 ざたにして来なかったと 言われる。イエスは十字 架の死そのものをもっ て、全てを証しした。

7.十字架への道

キレネ人シモン
は意図せず十字
架の道行きに出
逢い、イエスに替
わって重い十字
架を背負う。それ が自らの人生を変える。み顔を拭うヴェロニ カもきっと同じ。

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8.眼差し

曳かれゆくイエス
は後ろを振り返り、
ペテロに万感の思
いの眼差しを向け
るイエス。ひとりひ
とりをこんな目で 見られている。怖くて、嬉しくて胸がいっぱい になる。

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9.カナンの女

イエスの沈黙も、野良犬 扱いの言葉も凌いで、カ ナンの女は執拗に一途に この方を救い主と定め迫 った。信仰は容易でない、 けれど真実を知る方が必 ず待っていて下さる。

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10.復活の顕現

「女よなぜ泣くのか」の 声に、ただ一言「ラボニ」 と応えた。復活の主は最 初の姿を、かつて悪と汚 辱の世界にまみれた女 に顕わした。女は今、朝 ぼらけの中、至上の喜び に包まれる。

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11.ザアカイ

それ程の一途さはどこ から来るのか。分から なくもない。ただ、満を 持して行動に移さなけ れば、始まらない。止む にやまれぬ気持ちを知 ってくださっている。

12.生まれつき

私の父が死に臨んで、自ら の病を「神の栄光が顕れん がためなり」としていた。 未信心の私は愕然とした ものでした。薄っぺらなヒ ューマニズムなどぶっ飛 ぶものでした。

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13.この人を見よ

ピラトは「この人を
見よ」と叫んでイエ
スをさらします。「こ
んな惨めな姿をした
男がなんだと言うの
か」と。イエスも心 の中で叫び続けている。「私から目をそらす な。このようにして私は死に、また還る」と。

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14. ナオミとルツ

姑ナオミの配慮を
振り切り異国へ向
かう嫁ルツ。この
選択が重大な意味
を持つことに。ル ツ記は異邦人女性の小さな優しい物語。美しく 逞しい、大和撫子の鑑。

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15.十字架を負う

           人が負う十字架は、
           その歩むベクトルの
           逆向きに課されるの
           でなくむしろ十字架
           の重みを弾みとして
歩む。負いきれない十字架は与えられず、十
字架に相応しい人が選ばれて課される。私に
世に言う「障がい」の子が与えられた。
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16.やもめの捧げ物

齢を老い、まして寡 婦、その生活に有り余 るものがあるはずも ない。それでも「誰よ りも多く入れた」と嘉

するイエス。感謝の心、切なる祈りの心が通い 合う。

17.十字架のそばに

この時、男どもは
もう逃げ隠れして
姿を見せない。母マ
リア、その姉妹、マ
グダラのマリア、ク
ロパの妻マリアら が最期まで正面から受け止めた。そして復活 も含め、この女性たちが証人となる。

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18.受胎告知

次男の誕生からひと
月、医師はこの子の
先天性の障害を告げ
た。出生のわけを知
りたかったが、解ら なかった。母マリアが云われのない赤子の懐妊 を告げられた時、天使は言った「神からの恵み」 であると。それが全てであった。

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19.聖夜の馬屋

亡き父の句に「飼桶 暗し 聖夜の牛の 咽喉動き」とある。 聖書最大の奇跡の 瞬間、交響曲の ff

が地を震わし、打ち上げ花火が夜空を輝かせ
たのではなく、誕生に相応しかったのはいつ
もどおりの牛の反芻とは。

20.幼子

女性と子供は、人数 を数えるときの対 象にさえされてい ませんでした。全く 無力で取るに足ら

ぬ小さな子供を、ただ、その無力さ故に、主 イエスは、喜んで抱き上げ、祝福して くださ るのです。

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※コメントはみ言葉の釈義等ではなく、御霊により示された個人的なお証しです。

彫刻:大久保法幸 江別市野幌 ycpmk940@ybb.ne.jp

『聖書(みことば)の息吹』

2020年10月3日

『聖書(みことば)の息吹 素描画展』

                 作  画  : 大久保 法幸 

開催日時 :20年10月4日〜25日迄

  但し : 日曜日 午前10時〜午後13時

平日希望の方はコイノニアキリスト教会迄

お電話ください。

場 所 :コイノニアキリスト教会

   〒069−0825 江別市野幌東町48番地の1

   ☎011−385−2690(田中)

マタイ27章45~46節

2013年3月24聖日

メッセージ:平吹貞夫 牧師

マタイの福音書27章45~46節

27:45 さて、十二時から、全地が暗くなって、三時まで続いた。

27:46 三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」と叫ばれた。
これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」という意味である。

 

ヨハネの福音書19章28節

19:28 この後、イエスは、すべてのことが完了したのを知って、
聖書が成就するために、「わたしは渇く。」と言われた。

 

ヨハネの福音書19章30節

19:30 イエスは、酸いぶどう酒を受けられると、「完了した。」と言われた。
そして、頭を垂れて、霊をお渡しになった。

 

ルカの福音書23章44~46節
23:44 そのときすでに十二時ごろになっていたが、
全地が暗くなって、三時まで続いた。

23:45 太陽は光を失っていた。また、
神殿の幕は真二つに裂けた。

23:46 イエスは大声で叫んで、言われた。
「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」こう言って、息を引き取られた。

マタイ14章22~33節

2017年9月17日

メッセージ:ビショップ・ダグラス師

テーマ「信仰の源」

22 それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませて、自分より先に向こう岸へ行かせ、その間に群衆を帰してしまわれた。
23
群衆を帰したあとで、祈るために、ひとりで山に登られた。夕方になったが、まだそこに、ひとりでおられた。
24
しかし、舟は、陸からもう何キロメートルも離れていたが、風が向かい風なので、波に悩まされていた。
25
すると、夜中の三時ごろ、イエスは湖の上を歩いて、彼らのところに行かれた。
26
弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、「あれは幽霊だ」と言って、おびえてしまい、恐ろしさのあまり、叫び声を上げた。
27
しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない」と言われた。
28
すると、ペテロが答えて言った。「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」
29
イエスは「来なさい」と言われた。そこで、ペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った。
30
ところが、風を見て、こわくなり、沈みかけたので叫び出し、「主よ。助けてください」と言った。
31
そこで、イエスはすぐに手を伸ばして、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」
32
そして、ふたりが舟に乗り移ると、風がやんだ。
33
そこで、舟の中にいた者たちは、イエスを拝んで、「確かにあなたは神の子です」と言った。

マタイの福音書2章1-12節

2019年12月29日

メッセージ:平吹 貞夫 師

テーマ:博士たちの礼拝

1 ”イエスが、ヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。
2 「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」
3 それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。エルサレム中の人も王と同様であった。
4 そこで、王は、民の祭司長たち、学者たちをみな集めて、キリストはどこで生まれるのかと問いただした。
5 彼らは王に言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者によってこう書かれているからです。
6      『ユダの地、ベツレヘム。あなたはユダを治める者たちの中で、決して一番小さくはない。わたしの民イスラエルを治める支配者が、あなたから出るのだから。』」
7 そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、彼らから星の出現の時間を突き止めた。
8 そして、こう言って彼らをベツレヘムに送った。「行って幼子のことを詳しく調べ、わかったら知らせてもらいたい。私も行って拝むから。」
9 彼らは王の言ったことを聞いて出かけた。すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。
10 その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。
11 そしてその家に入って、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。
12 それから、夢でヘロデのところへ戻るなという戒めを受けたので、別の道から自分の国へ帰って行った。”
マタイの福音書 2章1~12節
聖書新改訳©2003新日本聖書刊行会

マタイの福音書1章18-25節

2020年12月6日

メッセージ:平吹 貞夫 師

テーマ:「その名は、インマヌエル」

18  ”イエス・キリストの誕生は次のようであった。その母マリヤはヨセフの妻と決まっていたが、ふたりがまだいっしょにならないうちに、聖霊によって身重になったことがわかった。
19 夫のヨセフは正しい人であって、彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた。
20 彼がこのことを思い巡らしていたとき、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフ。恐れないであなたの妻マリヤを迎えなさい。その胎に宿っているものは聖霊によるのです。
21 マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」
22 このすべての出来事は、主が預言者を通して言われた事が成就するためであった。
23  「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)
24 ヨセフは眠りからさめ、主の使いに命じられたとおりにして、その妻を迎え入れ、
25 そして、子どもが生まれるまで彼女を知ることがなく、その子どもの名をイエスとつけた。”
マタイの福音書 1章18~25節
聖書 新改訳©2003新日本聖書刊行会

マタイ1章6b~17節

2017年12月17日

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「イエス・キリストの系図Ⅲ」

 

ダビデに、ウリヤの妻によってソロモンが生まれ、
7
ソロモンにレハブアムが生まれ、レハブアムにアビヤが生まれ、アビヤにアサが生まれ、
8
アサにヨサパテが生まれ、ヨサパテにヨラムが生まれ、ヨラムにウジヤが生まれ、
9
ウジヤにヨタムが生まれ、ヨタムにアハズが生まれ、アハズにヒゼキヤが生まれ、
10
ヒゼキヤにマナセが生まれ、マナセにアモンが生まれ、アモンにヨシヤが生まれ、
11
ヨシヤに、バビロン移住のころエコニヤとその兄弟たちが生まれた。
12
バビロン移住の後、エコニヤにサラテルが生まれ、サラテルにゾロバベルが生まれ、
13
ゾロバベルにアビウデが生まれ、アビウデにエリヤキムが生まれ、エリヤキムにアゾルが生まれ、
14
アゾルにサドクが生まれ、サドクにアキムが生まれ、アキムにエリウデが生まれ、
15
エリウデにエレアザルが生まれ、エレアザルにマタンが生まれ、マタンにヤコブが生まれ、
16
ヤコブにマリヤの夫ヨセフが生まれた。キリストと呼ばれるイエスはこのマリヤからお生まれになった。
17
それで、アブラハムからダビデまでの代が全部で十四代、ダビデからバビロン移住までが十四代、バビロン移住からキリストまでが十四代になる。

 

マタイ1章6b節~17節

2018年12月16日

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「イエス・キリストの系図Ⅲ」

ダビデに、ウリヤの妻によってソロモンが生まれ、

7,ソロモンにレハブアムが生まれ、レハブアムにアビヤが生まれ、アビヤにアサが生まれ、

8,アサにヨサパテが生まれ、ヨサパテにヨラムが生まれ、ヨラムにウジヤが生まれ、

9,ウジヤにヨタムが生まれ、ヨタムにアハズが生まれ、アハズにヒゼキヤが生まれ、

10,ヒゼキヤにマナセが生まれ、マナセにアモンが生まれ、アモンにヨシヤが生まれ、

11,ヨシヤに、バビロン移住のころエコニヤとその兄弟たちが生まれた。

12,バビロン移住の後、エコニヤにサラテルが生まれ、サラテルにゾロバベルが生まれ、

13,ゾロバベルにアビウデが生まれ、アビウデにエリヤキムが生まれ、エリヤキムにアゾルが生まれ、

14,アゾルにサドクが生まれ、サドクにアキムが生まれ、アキムにエリウデが生まれ、

15,エリウデにエレアザルが生まれ、エレアザルにマタンが生まれ、マタンにヤコブが生まれ、

16,ヤコブにマリヤの夫ヨセフが生まれた。キリストと呼ばれるイエスはこのマリヤからお生まれになった。

17,それで、アブラハムからダビデまでの代が全部で十四代、ダビデからバビロン移住までが十四代、バビロン移住からキリストまでが十四代になる。

 

マルコ15章33~47節

2015/3/29

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「死と埋葬」

マルコ15:33-47「死と埋葬」

15:33 さて、十二時になったとき、全地が暗くなって、午後三時まで続いた。

15:34 そして、三時に、イエスは大声で、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ。」と叫ばれた。それは訳すと「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」という意味である。

15:35 そばに立っていた幾人かが、これを聞いて、「そら、エリヤを呼んでいる。」と言った。

15:36 すると、ひとりが走って行って、海綿に酸いぶどう酒を含ませ、それを葦の棒につけて、イエスに飲ませようとしながら言った。「エリヤがやって来て、彼を降ろすかどうか、私たちは見ることにしよう。」

15:37 それから、イエスは大声をあげて息を引き取られた。

15:38 神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。

15:39 イエスの正面に立っていた百人隊長は、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、「この方はまことに神の子であった。」と言った。

15:40 また、遠くのほうから見ていた女たちもいた。その中にマグダラのマリヤと、小ヤコブとヨセの母マリヤと、またサロメもいた。

15:41 イエスがガリラヤにおられたとき、いつもつき従って仕えていた女たちである。このほかにも、イエスといっしょにエルサレムに上って来た女たちがたくさんいた。

15:42 すっかり夕方になった。その日は備えの日、すなわち安息日の前日であったので、

15:43 アリマタヤのヨセフは、思い切ってピラトのところに行き、イエスのからだの下げ渡しを願った。ヨセフは有力な議員であり、みずからも神の国を待ち望んでいた人であった。

15:44 ピラトは、イエスがもう死んだのかと驚いて、百人隊長を呼び出し、イエスがすでに死んでしまったかどうかを問いただした。

15:45 そして、百人隊長からそうと確かめてから、イエスのからだをヨセフに与えた。

15:46 そこで、ヨセフは亜麻布を買い、イエスを取り降ろしてその亜麻布に包み、岩を掘って造った墓に納めた。墓の入口には石をころがしかけておいた。

15:47 マグダラのマリヤとヨセの母マリヤとは、イエスの納められる所をよく見ていた。

マルコ12章28-34節

2019年6月16日

メッセージ:ダグラス・ビショップ 師

テーマ:一番大切な命令・パート1

28 ”律法学者がひとり来て、その議論を聞いていたが、イエスがみごとに答えられたのを知って、イエスに尋ねた。「すべての命令の中で、どれが一番たいせつですか。」
29 イエスは答えられた。「一番たいせつなのはこれです。『イスラエルよ。聞け。われらの神である主は、唯一の主である。
30 心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』
31 次にはこれです。『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』この二つより大事な命令は、ほかにありません。」
32 そこで、この律法学者は、イエスに言った。「先生。そのとおりです。『主は唯一であって、そのほかに、主はない』と言われたのは、まさにそのとおりです。
33 また『心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして主を愛し、また隣人をあなた自身のように愛する』ことは、どんな全焼のいけにえや供え物よりも、ずっとすぐれています。」
34 イエスは、彼が賢い返事をしたのを見て、言われた。「あなたは神の国から遠くない。」それから後は、だれもイエスにあえて尋ねる者がなかった。”
マルコの福音書 12章28~34節
聖書新改訳©2003新日本聖書刊行会

マルコ10章17~22節

2016-5-29

メッセージ:松田聖一師

テーマ「天に宝を積む」

マルコ10章17~22節

イエスが道に出て行かれると、ひとりの人が走り寄って、御前にひざまずいて、尋ねた。「尊い先生。永遠のいのちを自分のものとして受けるためには、私は何をしたらよいでしょうか。」イエスは彼に言われた。「なぜ、わたしを『尊い』と言うのですか。尊い方は、神おひとりのほかには、だれもありません。戒めはあなたもよく知っているはずです。『殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない。偽証を立ててはならない。欺き取ってはならない。父と母を敬え。』」すると、その人はイエスに言った。「先生。私はそのようなことをみな、小さい時から守っております。」イエスは彼を見つめ、その人をいつくしんで言われた。「あなたには、欠けたことが一つあります。帰って、あなたの持ち物をみな売り払い、貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。そのうえで、わたしについて来なさい。」すると彼は、このことばに顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った。なぜなら、この人は多くの財産を持っていたからである。

マルコ4章1~21節

2017年10月29日

メッセージ:ビショップ・ダグラス師

テーマ「燭台の上の光」

1
イエスはまた湖のほとりで教え始められた。おびただしい数の群衆がみもとに集まった。それでイエスは湖の上の舟に乗り、そこに腰をおろされ、群衆はみな岸べの陸地にいた。
2
イエスはたとえによって多くのことを教えられた。その教えの中でこう言われた。
3
「よく聞きなさい。種を蒔く人が種蒔きに出かけた。
4
蒔いているとき、種が道ばたに落ちた。すると、鳥が来て食べてしまった。
5
また、別の種が土の薄い岩地に落ちた。土が深くなかったので、すぐに芽を出した。
6
しかし日が上ると、焼けて、根がないために枯れてしまった。
7
また、別の種がいばらの中に落ちた。ところが、いばらが伸びて、それをふさいでしまったので、実を結ばなかった。
8
また、別の種が良い地に落ちた。すると芽ばえ、育って、実を結び、三十倍、六十倍、百倍になった。」
9
そしてイエスは言われた。「聞く耳のある者は聞きなさい。」
10
さて、イエスだけになったとき、いつもつき従っている人たちが、十二弟子とともに、これらのたとえのことを尋ねた。
11
そこで、イエスは言われた。「あなたがたには、神の国の奥義が知らされているが、ほかの人たちには、すべてがたとえで言われるのです。
12
それは、『彼らは確かに見るには見るがわからず、聞くには聞くが悟らず、悔い改めて赦されることのないため』です。」
13
そして彼らにこう言われた。「このたとえがわからないのですか。そんなことで、いったいどうしてたとえの理解ができましょう。
14
種蒔く人は、みことばを蒔くのです。
15
みことばが道ばたに蒔かれるとは、こういう人たちのことです――みことばを聞くと、すぐサタンが来て、彼らに蒔かれたみことばを持ち去ってしまうのです。
16
同じように、岩地に蒔かれるとは、こういう人たちのことです――みことばを聞くと、すぐに喜んで受けるが、
17
根を張らないで、ただしばらく続くだけです。それで、みことばのために困難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまいます。
18
もう一つの、いばらの中に種を蒔かれるとは、こういう人たちのことです――みことばを聞いてはいるが、
19
世の心づかいや、富の惑わし、その他いろいろな欲望が入り込んで、みことばをふさぐので、実を結びません。
20
良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いて受け入れ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人たちです。」
21
また言われた。「あかりを持って来るのは、枡の下や寝台の下に置くためでしょうか。燭台の上に置くためではありませんか。

ヨハネ9章24~38節

2018年3月18日

メッセージ:ビショップ・ダグラス師

テーマ「世の光」

24
そこで彼らは、盲目であった人をもう一度呼び出して言った。「神に栄光を帰しなさい。私たちはあの人が罪人であることを知っているのだ。」
25
彼は答えた。「あの方が罪人かどうか、私は知りません。ただ一つのことだけ知っています。私は盲目であったのに、今は見えるということです。」
26
そこで彼らは言った。「あの人はおまえに何をしたのか。どのようにしてその目をあけたのか。」
27
彼は答えた。「もうお話ししたのですが、あなたがたは聞いてくれませんでした。なぜもう一度聞こうとするのです。あなたがたも、あの方の弟子になりたいのですか。」
28
彼らは彼をののしって言った。「おまえもあの者の弟子だ。しかし私たちはモーセの弟子だ。
29
私たちは、神がモーセにお話しになったことは知っている。しかし、あの者については、どこから来たのか知らないのだ。」
30
彼は答えて言った。「これは、驚きました。あなたがたは、あの方がどこから来られたのか、ご存じないと言う。しかし、あの方は私の目をおあけになったのです。
31
神は、罪人の言うことはお聞きになりません。しかし、だれでも神を敬い、そのみこころを行うなら、神はその人の言うことを聞いてくださると、私たちは知っています。
32
盲目に生まれついた者の目をあけた者があるなどとは、昔から聞いたこともありません。
33
もしあの方が神から出ておられるのでなかったら、何もできないはずです。」
34
彼らは答えて言った。「おまえは全く罪の中に生まれていながら、私たちを教えるのか。」そして、彼を外に追い出した。
35
イエスは、彼らが彼を追放したことを聞き、彼を見つけ出して言われた。「あなたは人の子を信じますか。」
36
その人は答えた。「主よ。その方はどなたでしょうか。私がその方を信じることができますように。」
37
イエスは彼に言われた。「あなたはその方を見たのです。あなたと話しているのがそれです。」
38
彼は言った。「主よ。私は信じます。」そして彼はイエスを拝した。

ヨハネ3章14~21節

2017-05-21

メッセージ:デイル・ビショップ師

テーマ「さばくためではなく」

14

モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。

15

それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」

16

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

17

神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

18

御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。

19

そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行いが悪かったからである。

20

悪いことをする者は光を憎み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。

21

しかし、真理を行う者は、光のほうに来る。その行いが神にあってなされたことが明らかにされるためである。

ヨハネ3章14~21節

2017-06-04

メッセージ:デイル・ビショップ師

テーマ「さばくためではなく」

14

モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。

15

それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」

16

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

17

神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

18

御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。

19

そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行いが悪かったからである。

20

悪いことをする者は光を憎み、その行いが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。

21

しかし、真理を行う者は、光のほうに来る。その行いが神にあってなされたことが明らかにされるためである。

ヨハネの福音書3章1~18節

2014/3/16

メッセージ:デイル・ビショップ 師

テーマ「新しく生まれなければ」

:1 さて、パリサイ人の中にニコデモという人がいた。ユダヤ人の指導者であった。

3:2 この人が、夜、イエスのもとに来て言った。「先生。私たちは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神がともにおられるのでなければ、あなたがなさるこのようなしるしは、だれも行なうことができません。」

3:3 イエスは答えて言われた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」

3:4 ニコデモは言った。「人は、老年になっていて、どのようにして生まれることができるのですか。もう一度、母の胎にはいって生まれることができましょうか。」

3:5 イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国にはいることができません。

3:6 肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。

3:7 あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。

3:8 風はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです。」

3:9 ニコデモは答えて言った。「どうして、そのようなことがありうるのでしょう。」

3:10 イエスは答えて言われた。「あなたはイスラエルの教師でありながら、こういうことがわからないのですか。

3:11 まことに、まことに、あなたに告げます。わたしたちは、知っていることを話し、見たことをあかししているのに、あなたがたは、わたしたちのあかしを受け入れません。

3:12 あなたがたは、わたしが地上のことを話したとき、信じないくらいなら、天上のことを話したとて、どうして信じるでしょう。

3:13 だれも天に上った者はいません。しかし天から下った者はいます。すなわち人の子です。

3:14 モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。

3:15 それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」

3:16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

3:17 神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

3:18 御子を信じる者はさばかれない。信じない者は神のひとり子の御名を信じなかったので、すでにさばかれている。

ルカ21章25~28節

2018年12月30日

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「終末についての預言(再臨)」

21,そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げなさい。都の中にいる人々は、そこから立ちのきなさい。いなかにいる者たちは、都に入ってはいけません。

22,これは、書かれているすべてのことが成就する報復の日だからです。

23,その日、哀れなのは身重の女と乳飲み子を持つ女です。この地に大きな苦難が臨み、この民に御怒りが臨むからです。

24,人々は、剣の刃に倒れ、捕虜となってあらゆる国に連れて行かれ、異邦人の時の終わるまで、エルサレムは異邦人に踏み荒らされます。

25,そして、日と月と星には、前兆が現れ、地上では、諸国の民が、海と波が荒れどよめくために不安に陥って悩み、

26,人々は、その住むすべての所を襲おうとしていることを予想して、恐ろしさのあまり気を失います。天の万象が揺り動かされるからです。

27,そのとき、人々は、人の子が力と輝かしい栄光を帯びて雲に乗って来るのを見るのです。

28,これらのことが起こり始めたなら、からだをまっすぐにし、頭を上に上げなさい。贖いが近づいたのです。」

ルカの福音書11章1~13節

2014-11-16

メッセージ:デイル・ビショップ師

テーマ「私たちにも祈りを教えてください」

ルカ11:1-13

11:1 さて、イエスはある所で祈っておられた。その祈りが終わると、弟子のひとりが、イエスに言った。「主よ。ヨハネが弟子たちに教えたように、私たちにも祈りを教えてください。」

11:2 そこでイエスは、彼らに言われた。「祈るときには、こう言いなさい。『父よ。御名があがめられますように。御国が来ますように。

11:3 私たちの日ごとの糧を毎日お与えください。

11:4 私たちの罪をお赦しください。私たちも私たちに負いめのある者をみな赦します。私たちを試みに会わせないでください。』」

11:5 また、イエスはこう言われた。「あなたがたのうち、だれかに友だちがいるとして、真夜中にその人のところに行き、『君。パンを三つ貸してくれ。

11:6 友人が旅の途中、私のうちへ来たのだが、出してやるものがないのだ。』と言ったとします。

11:7 すると、彼は家の中からこう答えます。『めんどうをかけないでくれ。もう戸締まりもしてしまったし、子どもたちも私も寝ている。起きて、何かをやることはできない。』

11:8 あなたがたに言いますが、彼は友だちだからということで起きて何かを与えることはしないにしても、あくまで頼み続けるなら、そのためには起き上がって、必要な物を与えるでしょう。

11:9 わたしは、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。

11:10 だれであっても、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。

11:11 あなたがたの中で、子どもが魚を下さいと言うときに、魚の代わりに蛇を与えるような父親が、いったいいるでしょうか。

11:12 卵を下さいと言うのに、だれが、さそりを与えるでしょう。

11:13 してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」

ルカの福音書8章4~15節

2013年6月9聖日

メッセージ:ラスティ・カーニー師

「種をまく人とそのたとえの話」

8:4 さて、大ぜいの人の群れが集まり、また方々の町からも人々がみもとにやって来たので、
イエスはたとえを用いて話された。

8:5 「種を蒔く人が種蒔きに出かけた。蒔いているとき、道ばたに落ちた種があった。すると、
人に踏みつけられ、空の鳥がそれを食べてしまった。

8:6 また、別の種は岩の上に落ち、生え出たが、水分がなかったので、枯れてしまった。

8:7 また、別の種はいばらの真中に落ちた。
ところが、いばらもいっしょに生え出て、それを押しふさいでしまった。

8:8 また、別の種は良い地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ。」
イエスは、これらのことを話しながら「聞く耳のある者は聞きなさい。」と叫ばれた。

8:9 さて、弟子たちは、このたとえがどんな意味かをイエスに尋ねた。

8:10 そこでイエスは言われた。「あなたがたに、
神の国の奥義を知ることが許されているが、ほかの者には、たとえで話します。
彼らが見ていても見えず、聞いていても悟らないためです。

8:11 このたとえの意味はこうです。種は神のことばです。

8:12 道ばたに落ちるとは、こういう人たちのことです。みことばを聞いたが、
あとから悪魔が来て、彼らが信じて救われることのないように、
その人たちの心から、みことばを持ち去ってしまうのです。

8:13 岩の上に落ちるとは、こういう人たちのことです。
聞いたときには喜んでみことばを受け入れるが、根がないので、
しばらくは信じていても、試練のときになると、身を引いてしまうのです。

8:14 いばらの中に落ちるとは、こういう人たちのことです。みことばを聞きはしたが、
とかくしているうちに、この世の心づかいや、富や、快楽によってふさがれて
、実が熟するまでにならないのです。

8:15 しかし、良い地に落ちるとは、こういう人たちのことです。
正しい、良い心でみことばを聞くと、それをしっかりと守り、よく耐えて、実を結ばせるのです。

ルカ7章11~17節

2016-08-07

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「泣かなくてもよい」

ルカ7:11-17 「泣かなくてもよい」

それから間もなく、イエスはナインという町に行かれた。弟子たちと大ぜいの人の群れがいっしょに行った。12 イエスが町の門に近づかれると、やもめとなった母親のひとり息子が、死んでかつぎ出されたところであった。町の人たちが大ぜいその母親につき添っていた。13 主はその母親を見てかわいそうに思い、「泣かなくてもよい。」と言われた。14 そして近寄って棺に手をかけられると、かついでいた人たちが立ち止まったので、「青年よ。あなたに言う、起きなさい。」と言われた。15 すると、その死人が起き上がって、ものを言い始めたので、イエスは彼を母親に返された。16 人々は恐れを抱き、「大預言者が私たちのうちに現われた。」とか、「神がその民を顧みてくださった。」などと言って、神をあがめた。17 イエスについてこの話がユダヤ全土と回りの地方一帯に広まった。

ルカ1章57~80節

2015-12-13

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「ザカリヤの讃歌」

ルカ1:57-80「ザカリヤの讃歌」

57 さて月が満ちて、エリサベツは男の子を産んだ。58 近所の人々や親族は、主がエリサベツに大きなあわれみをおかけになったと聞いて、彼女とともに喜んだ。59 さて八日目に、人々は幼子に割礼するためにやって来て、幼子を父の名にちなんでザカリヤと名づけようとしたが、60 母は答えて、「いいえ、そうではなくて、ヨハネという名にしなければなりません。」と言った。61 彼らは彼女に、「あなたの親族にはそのような名の人はひとりもいません。」と言った。62 そして、身振りで父親に合図して、幼子に何という名をつけるつもりかと尋ねた。63 すると、彼は書き板を持って来させて、「彼の名はヨハネ。」と書いたので、人々はみな驚いた。64 すると、たちどころに、彼の口が開け、舌は解け、ものが言えるようになって神をほめたたえた。65 そして、近所の人々はみな恐れた。さらにこれらのことの一部始終が、ユダヤの山地全体にも語り伝えられて行った。66 聞いた人々はみな、それを心にとどめて、「いったいこの子は何になるのでしょう。」と言った。主の御手が彼とともにあったからである。67 さて父ザカリヤは、聖霊に満たされて、預言して言った。68 「ほめたたえよ。イスラエルの神である主を。主はその民を顧みて、贖いをなし、69 救いの角を、われらのために、しもべダビデの家に立てられた。70 古くから、その聖なる預言者たちの口を通して、主が話してくださったとおりに。71 この救いはわれらの敵からの、すべてわれらを憎む者の手からの救いである。72 主はわれらの父祖たちにあわれみを施し、その聖なる契約を、73 われらの父アブラハムに誓われた誓いを覚えて、74 われらを敵の手から救い出し、75 われらの生涯のすべての日に、きよく、正しく、恐れなく、主の御前に仕えることを許される。76 幼子よ。あなたもまた、いと高き方の預言者と呼ばれよう。主の御前に先立って行き、その道を備え、77 神の民に、罪の赦しによる救いの知識を与えるためである。78 これはわれらの神の深いあわれみによる。そのあわれみにより、日の出がいと高き所からわれらを訪れ、79 暗黒と死の陰にすわる者たちを照らし、われらの足を平和の道に導く。」80 さて、幼子は成長し、その霊は強くなり、イスラエルの民の前に公に出現する日まで荒野にいた。

ルカ1章46~56節

2015/12/6

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「マリヤの讃歌」

ルカ1:46-56「マリヤの讃歌」

46 マリヤは言った。「わがたましいは主をあがめ、47 わが霊は、わが救い主なる神を喜びたたえます。48 主はこの卑しいはしために目を留めてくださったからです。ほんとうに、これから後、どの時代の人々も、私をしあわせ者と思うでしょう。49 力ある方が、私に大きなことをしてくださいました。その御名は聖く、50 そのあわれみは、主を恐れかしこむ者に、代々にわたって及びます。51 主は、御腕をもって力強いわざをなし、心の思いの高ぶっている者を追い散らし、52 権力ある者を王位から引き降ろされます。低い者を高く引き上げ、53 飢えた者を良いもので満ち足らせ、富む者を何も持たせないで追い返されました。54 主はそのあわれみをいつまでも忘れないで、そのしもべイスラエルをお助けになりました。55 私たちの先祖たち、アブラハムとその子孫に語られたとおりです。」56 マリヤは三か月ほどエリサベツと暮らして、家に帰った。

ルカ1章39~45節

2015-11-22

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「マリヤのエリザベツ訪問」

ルカ1:39-45「マリヤのエリザベッ訪問」

39 そのころ、マリヤは立って、山地にあるユダの町に急いだ。40 そしてザカリヤの家に行って、エリサベツにあいさつした。41 エリサベツがマリヤのあいさつを聞いたとき、子が胎内でおどり、エリサベツは聖霊に満たされた。42 そして大声をあげて言った。「あなたは女の中の祝福された方。あなたの胎の実も祝福されています。43 私の主の母が私のところに来られるとは、何ということでしょう。44 ほんとうに、あなたのあいさつの声が私の耳にはいったとき、私の胎内で子どもが喜んでおどりました。45 主によって語られたことは必ず実現すると信じきった人は、何と幸いなことでしょう。」

ルカ1章26~38節

2015-11-15

メッセージ:デイル・ビショップ師

テーマ「イエスさま誕生の予告」

ルカ1:26-38「イエス様誕生の告知」ビショップ先生。

26 ところで、その六か月目に、御使いガブリエルが、神から遣わされてガリラヤのナザレという町のひとりの処女のところに来た。27 この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリヤといった。28 御使いは、入って来ると、マリヤに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」29 しかし、マリヤはこのことばに、ひどくとまどって、これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。30 すると御使いが言った。「こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。31 ご覧なさい。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。32 その子はすぐれた者となり、いと高き方の子と呼ばれます。また、神である主は彼にその父ダビデの王位をお与えになります。33 彼はとこしえにヤコブの家を治め、その国は終わることがありません。」34 そこで、マリヤは御使いに言った。「どうしてそのようなことになりえましょう。私はまだ男の人を知りませんのに。」35 御使いは答えて言った。「聖霊があなたの上に臨み、いと高き方の力があなたをおおいます。それゆえ、生まれる者は、聖なる者、神の子と呼ばれます。36 ご覧なさい。あなたの親類のエリサベツも、あの年になって男の子を宿しています。不妊の女といわれていた人なのに、今はもう六か月です。37 神にとって不可能なことは一つもありません。」38 マリヤは言った。「ほんとうに、私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように。」こうして御使いは彼女から去って行った。

ルカ1章5~25節

2015-11-08

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「ヨハネ誕生の告知」

ルカ1:5-25「ヨハネ誕生の告知」

5 ユダヤの王ヘロデの時に、アビヤの組の者でザカリヤという祭司がいた。彼の妻はアロンの子孫で、名をエリサベツといった。6 ふたりとも、神の御前に正しく、主のすべての戒めと定めを落度なく踏み行っていた。7 エリサベツは不妊の女だったので、彼らには子がなく、ふたりとももう年をとっていた。8 さて、ザカリヤは、自分の組が当番で、神の御前に祭司の務めをしていたが、9 祭司職の習慣によって、くじを引いたところ、主の神殿に入って香をたくことになった。10 彼が香をたく間、大ぜいの民はみな、外で祈っていた。11 ところが、主の使いが彼に現れて、香壇の右に立った。12 これを見たザカリヤは不安を覚え、恐怖に襲われたが、13 御使いは彼に言った。「こわがることはない。ザカリヤ。あなたの願いが聞かれたのです。あなたの妻エリサベツは男の子を産みます。名をヨハネとつけなさい。14 その子はあなたにとって喜びとなり楽しみとなり、多くの人もその誕生を喜びます。15 彼は主の御前にすぐれた者となるからです。彼は、ぶどう酒も強い酒も飲まず、まだ母の胎内にあるときから聖霊に満たされ、16 そしてイスラエルの多くの子らを、彼らの神である主に立ち返らせます。17 彼こそ、エリヤの霊と力で主の前ぶれをし、父たちの心を子どもたちに向けさせ、逆らう者を義人の心に立ち戻らせ、こうして、整えられた民を主のために用意するのです。」18 そこで、ザカリヤは御使いに言った。「私は何によってそれを知ることができましょうか。私ももう年寄りですし、妻も年をとっております。」19 御使いは答えて言った。「私は神の御前に立つガブリエルです。あなたに話をし、この喜びのおとずれを伝えるように遣わされているのです。20 ですから、見なさい。これらのことが起こる日までは、あなたは、ものが言えず、話せなくなります。私のことばを信じなかったからです。私のことばは、その時が来れば実現します。」21 人々はザカリヤを待っていたが、神殿であまり暇取るので不思議に思った。22 やがて彼は出て来たが、人々に話すことができなかった。それで、彼は神殿で幻を見たのだとわかった。ザカリヤは、彼らに合図を続けるだけで、口がきけないままであった。23 やがて、務めの期間が終わったので、彼は自分の家に帰った。24 その後、妻エリサベツはみごもり、五か月の間引きこもって、こう言った。25 「主は、人中で私の恥を取り除こうと心にかけられ、今、私をこのようにしてくださいました。」

ルカ1章1~4節

2015-11-01

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「初めに」

ルカ1:1-4「初めに」

1 私たちの間ですでに確信されている出来事については、(V.2挿入)多くの人が記事にまとめて書き上げようと、すでに試みておりますので、2 初めからの目撃者で、みことばに仕える者となった人々が、私たちに伝えたそのとおりを、3 私も、すべてのことを初めから綿密に調べておりますから、あなたのために、順序を立てて書いて差し上げるのがよいと思います。尊敬するテオピロ殿。4 それによって、すでに教えを受けられた事がらが正確な事実であることを、よくわかっていただきたいと存じます。

ローマ人への手紙16章25~27節

2014/11/2

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「頌栄(しょうえい)」

11月2日(メッセージ)ローマ16:24-27「頌栄」

16:24 [本節欠如]

16:25 私の福音とイエス・キリストの宣教によって、すなわち、世々にわたって長い間隠されていたが、今や現わされて、永遠の神の命令に従い、預言者たちの書によって、信仰の従順に導くためにあらゆる国の人々に知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを堅く立たせることができる方、

16:26 [前節に合節]

16:27 知恵に富む唯一の神に、イエス・キリストによって、御栄えがとこしえまでありますように。アーメン。

ローマ人への手紙16章21~23節

2014/10/26

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「パウロの宣教の同労者」

(ローマ16:21-23)

16:21 私の同労者テモテが、あなたがたによろしくと言っています。また私の同国人ルキオとヤソンとソシパテロがよろしくと言っています。

16:22 この手紙を筆記した私の同国人私、テルテオも、主にあってあなたがたにごあいさつ申し上げます。

16:23 私と全教会との家主であるガイオも、あなたがたによろしくと言っています。市の収入役であるエラストと兄弟クワルトもよろしくと言っています。

ローマ人への手紙16章5b~16節

2014-10-5

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「主にある同労者 Ⅱ」

私の愛するエパネトによろしく。この人はアジヤでキリストを信じた最初の人です。

16:6 あなたがたのために非常に労苦したマリヤによろしく。

16:7 私の同国人で私といっしょに投獄されたことのある、アンドロニコとユニアスにもよろしく。この人々は使徒たちの間によく知られている人々で、また私より先にキリストにある者となったのです。

16:8 主にあって私の愛するアムプリアトによろしく。

16:9 キリストにあって私たちの同労者であるウルバノと、私の愛するスタキスとによろしく。

16:10 キリストにあって練達したアペレによろしく。アリストブロの家の人たちによろしく。

16:11 私の同国人ヘロデオンによろしく。ナルキソの家の主にある人たちによろしく。

16:12 主にあって労している、ツルパナとツルポサによろしく。主にあって非常に労苦した愛するペルシスによろしく。

16:13 主にあって選ばれた人ルポスによろしく。また彼と私との母によろしく。

16:14 アスンクリト、フレゴン、ヘルメス、パトロバ、ヘルマスおよびその人たちといっしょにいる兄弟たちによろしく。

16:15 フィロロゴとユリヤ、ネレオとその姉妹、オルンパおよびその人たちといっしょにいるすべての聖徒たちによろしく。

16:16 あなたがたは聖なる口づけをもって互いのあいさつをかわしなさい。キリストの教会はみな、あなたがたによろしくと言っています。

ローマ人への手紙15章30-33節

2014/9/14

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「祈りの力」

ローマ15:30-33「祈りの力」

15:30 兄弟たち。私たちの主イエス・キリストによって、また、御霊の愛によって切にお願いします。私のために、私とともに力を尽くして神に祈ってください。

15:31 私がユダヤにいる不信仰な人々から救い出され、またエルサレムに対する私の奉仕が聖徒たちに受け入れられるものとなりますように。

15:32 その結果として、神のみこころにより、喜びをもってあなたがたのところへ行き、あなたがたの中で、ともにいこいを得ることができますように。

15:33 どうか、平和の神が、あなたがたすべてとともにいてくださいますように。アーメン。

ローマ人への手紙15章22-29節

2014/9/7

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「教会の使命」

ローマ15:22-29「教会の使命」

15:22 そういうわけで、私は、あなたがたのところに行くのを幾度も妨げられましたが、

15:23 今は、もうこの地方には私の働くべき所がなくなりましたし、また、イスパニヤに行くばあいは、あなたがたのところに立ち寄ることを多年希望していましたので、

15:24 ――というのは、途中あなたがたに会い、まず、しばらくの間あなたがたとともにいて心を満たされてから、あなたがたに送られ、そこへ行きたいと望んでいるからです。――

15:25 ですが、今は、聖徒たちに奉仕するためにエルサレムへ行こうとしています。

15:26 それは、マケドニヤとアカヤでは、喜んでエルサレムの聖徒たちの中の貧しい人たちのために醵金することにしたからです。

15:27 彼らは確かに喜んでそれをしたのですが、同時にまた、その人々に対してはその義務があるのです。異邦人は霊的なことでは、その人々からもらいものをしたのですから、物質的な物をもって彼らに奉仕すべきです。

15:28 それで、私はこのことを済ませ、彼らにこの実を確かに渡してから、あなたがたのところを通ってイスパニヤに行くことにします。

15:29 あなたがたのところに行くときは、キリストの満ちあふれる祝福をもって行くことと信じています。

ローマ人への手紙15章14~21節

2014/8/24

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「教会への確信」

ローマ15:14-21「教会への確信」

15:14 私の兄弟たちよ。あなたがた自身が善意にあふれ、すべての知恵に満たされ、また互いに訓戒し合うことができることを、この私は確信しています。

15:15 ただ私が所々、かなり大胆に書いたのは、あなたがたにもう一度思い起こしてもらうためでした。

15:16 それも私が、異邦人のためにキリスト・イエスの仕え人となるために、神から恵みをいただいているからです。私は神の福音をもって、祭司の務めを果たしています。それは異邦人を、聖霊によって聖なるものとされた、神に受け入れられる供え物とするためです。

15:17 それで、神に仕えることに関して、私はキリスト・イエスにあって誇りを持っているのです。

15:18 私は、キリストが異邦人を従順にならせるため、この私を用いて成し遂げてくださったこと以外に、何かを話そうなどとはしません。キリストは、ことばと行ないにより、

15:19 また、しるしと不思議をなす力により、さらにまた、御霊の力によって、それを成し遂げてくださいました。その結果、私はエルサレムから始めて、ずっと回ってイルリコに至るまで、キリストの福音をくまなく伝えました。

15:20 このように、私は、他人の土台の上に建てないように、キリストの御名がまだ語られていない所に福音を宣べ伝えることを切に求めたのです。

15:21 それは、こう書いてあるとおりです。「彼のことを伝えられなかった人々が見るようになり、聞いたことのなかった人々が悟るようになる。」

ローマ人への手紙15章13~21節

2013年7月14聖日

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「眠った者の初穂として」

15:13 もし、死者の復活がないのなら、キリストも復活されなかったでしょう。

15:14 そして、キリストが復活されなかったのなら、私たちの宣教は実質のないものになり、
あなたがたの信仰も実質のないものになるのです。

15:15 それどころか、私たちは神について偽証をした者ということになります。
なぜなら、もしもかりに、死者の復活はないとしたら、
神はキリストをよみがえらせなかったはずですが、
私たちは神がキリストをよみがえらせた、と言って神に逆らう証言をしたからです。

15:16 もし、死者がよみがえらないのなら、キリストもよみがえらなかったでしょう。

15:17 そして、もしキリストがよみがえらなかったのなら、
あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。

15:18 そうだったら、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのです。

15:19 もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、
私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。

15:20 しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。

15:21 というのは、死がひとりの人を通して来たように、死者の復活もひとりの人を通して来たからです。

ローマ人への手紙15章7~13節

2014/8/17

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「希望の神」

ローマ15:7-13「希望の神」

15:7 こういうわけですから、キリストが神の栄光のために、私たちを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに受け入れなさい。

15:8 私は言います。キリストは、神の真理を現わすために、割礼のある者のしもべとなられました。それは先祖たちに与えられた約束を保証するためであり、

15:9 また異邦人も、あわれみのゆえに、神をあがめるようになるためです。こう書かれているとおりです。「それゆえ、私は異邦人の中で、あなたをほめたたえ、あなたの御名をほめ歌おう。」

15:10 また、こうも言われています。「異邦人よ。主の民とともに喜べ。」

15:11 さらにまた、「すべての異邦人よ。主をほめよ。もろもろの国民よ。主をたたえよ。」

15:12 さらにまた、イザヤがこう言っています。「エッサイの根が起こる。異邦人を治めるために立ち上がる方である。異邦人はこの方に望みをかける。」

15:13 どうか、望みの神が、あなたがたを信仰によるすべての喜びと平和をもって満たし、聖霊の力によって望みにあふれさせてくださいますように。

ローマ人への手紙15章1~6節

2014/8/10

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「心を一つにして」

ローマ15:1-6

1 私たち力のある者は、力のない人たちの弱さをになうべきです。自分を喜ばせるべきではありません。

15:2 私たちはひとりひとり、隣人を喜ばせ、その徳を高め、その人の益となるようにすべきです。

15:3 キリストでさえ、ご自身を喜ばせることはなさらなかったのです。むしろ、「あなたをそしる人々のそしりは、わたしの上にふりかかった。」と書いてあるとおりです。

15:4 昔書かれたものは、すべて私たちを教えるために書かれたのです。それは、聖書の与える忍耐と励ましによって、希望を持たせるためなのです。

15:5 どうか、忍耐と励ましの神が、あなたがたを、キリスト・イエスにふさわしく、互いに同じ思いを持つようにしてくださいますように。

15:6 それは、あなたがたが、心を一つにし、声を合わせて、私たちの主イエス・キリストの父なる神をほめたたえるためです。

ローマ人への手紙14章19~23節

2014/8/3

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「私たちの生活のあり方」

8月3日(メッセージ)ローマ14:19-23「私たちの生活のあり方」

14:19 そういうわけですから、私たちは、平和に役立つことと、お互いの霊的成長に役立つこととを追い求めましょう。

14:20 食べ物のことで神のみわざを破壊してはいけません。すべての物はきよいのです。しかし、それを食べて人につまずきを与えるような人のばあいは、悪いのです。

14:21 肉を食べず、ぶどう酒を飲まず、そのほか兄弟のつまずきになることをしないのは良いことなのです。

14:22 あなたの持っている信仰は、神の御前でそれを自分の信仰として保ちなさい。自分が、良いと認めていることによって、さばかれない人は幸福です。

14:23 しかし、疑いを感じる人が食べるなら、罪に定められます。なぜなら、それが信仰から出ていないからです。信仰から出ていないことは、みな罪です。

ローマ人への手紙14章6~12節

2014/6/22

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「私たちの確信Ⅱ」

ローマ14:6-12「私たちの確信Ⅱ」

:6 日を守る人は、主のために守っています。食べる人は、主のために食べています。なぜなら、神に感謝しているからです。食べない人も、主のために食べないのであって、神に感謝しているのです。

14:7 私たちの中でだれひとりとして、自分のために生きている者はなく、また自分のために死ぬ者もありません。

14:8 もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。

14:9 キリストは、死んだ人にとっても、生きている人にとっても、その主となるために、死んで、また生きられたのです。

14:10 それなのに、なぜ、あなたは自分の兄弟をさばくのですか。また、自分の兄弟を侮るのですか。私たちはみな、神のさばきの座に立つようになるのです。

14:11 次のように書かれているからです。「主は言われる。わたしは生きている。すべてのひざは、わたしの前にひざまずき、すべての舌は、神をほめたたえる。」

14:12 こういうわけですから、私たちは、おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることになります。

ローマ人への手紙14章1~5節

2014/6/15

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「私たちの確信Ⅰ」

ローマ14:1-5「私たちの確信Ⅰ」

14:1 あなたがたは信仰の弱い人を受け入れなさい。その意見をさばいてはいけません。

14:2 何でも食べてよいと信じている人もいますが、弱い人は野菜よりほかには食べません。

14:3 食べる人は食べない人を侮ってはいけないし、食べない人も食べる人をさばいてはいけません。神がその人を受け入れてくださったからです。

14:4 あなたはいったいだれなので、他人のしもべをさばくのですか。しもべが立つのも倒れるのも、その主人の心次第です。このしもべは立つのです。なぜなら、主には、彼を立たせることができるからです。

14:5 ある日を、他の日に比べて、大事だと考える人もいますが、どの日も同じだと考える人もいます。それぞれ自分の心の中で確信を持ちなさい。

ローマ人への手紙13章11~14節

2014/6/8

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「キリストの心に生きる」

(メッセージ)ローマ13:11-14

13:11 あなたがたは、今がどのような時か知っているのですから、このように行ないなさい。あなたがたが眠りからさめるべき時刻がもう来ています。というのは、私たちが信じたころよりも、今は救いが私たちにもっと近づいているからです。

13:12 夜はふけて、昼が近づきました。ですから、私たちは、やみのわざを打ち捨てて、光の武具を着けようではありませんか。

13:13 遊興、酩酊、淫乱、好色、争い、ねたみの生活ではなく、昼間らしい、正しい生き方をしようではありませんか。

13:14 主イエス・キリストを着なさい。肉の欲のために心を用いてはいけません。

ローマ人への手紙13章8~10節

2014/6/1

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「愛の律法」

13:8 だれに対しても、何の借りもあってはいけません。ただし、互いに愛し合うことについては別です。他の人を愛する者は、律法を完全に守っているのです。

13:9 「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな。」という戒め、またほかにどんな戒めがあっても、それらは、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」ということばの中に要約されているからです。

13:10 愛は隣人に対して害を与えません。それゆえ、愛は律法を全うします。

ローマ人への手紙13章1~7節

2014/5/25

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「善をもって悪に勝て」

13:1 人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられたものです。

13:2 したがって、権威に逆らっている人は、神の定めにそむいているのです。そむいた人は自分の身にさばきを招きます。

13:3 支配者を恐ろしいと思うのは、良い行ないをするときではなく、悪を行なうときです。権威を恐れたくないと思うなら、善を行ないなさい。そうすれば、支配者からほめられます。

13:4 それは、彼があなたに益を与えるための、神のしもべだからです。しかし、もしあなたが悪を行なうなら、恐れなければなりません。彼は無意味に剣を帯びてはいないからです。彼は神のしもべであって、悪を行なう人には怒りをもって報います。

13:5 ですから、ただ怒りが恐ろしいからだけでなく、良心のためにも、従うべきです。

13:6 同じ理由で、あなたがたは、みつぎを納めるのです。彼らは、いつもその務めに励んでいる神のしもべなのです。

13:7 あなたがたは、だれにでも義務を果たしなさい。みつぎを納めなければならない人にはみつぎを納め、税を納めなければならない人には税を納め、恐れなければならない人を恐れ、敬わなければならない人を敬いなさい。

ローマ人への手紙12章19~21節

2014/5/18

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「愛の勧め」

ローマ人への手紙 12章 19節
愛する人たち。自分で復讐してはいけません。

神の怒りに任せなさい。それは、こう書いてあるからです。「復讐はわたしのすることである。わたしが報いをする、と主は言われる。」
20節
もしあなたの敵が飢えたなら、彼に食べさせなさい。渇いたなら、

飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃える炭火を積むことになるのです。
21節
悪に負けてはいけません。かえって、

善をもって悪に打ち勝ちなさい。

ローマ人への手紙12章9~18節

2014/3/23

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「互いに愛し合いなさい」

12:9 愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善に親しみなさい。

12:10 兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。

12:11 勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。

12:12 望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励みなさい。

12:13 聖徒の入用に協力し、旅人をもてなしなさい。

12:14 あなたがたを迫害する者を祝福しなさい。祝福すべきであって、のろってはいけません。

12:15 喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。

12:16 互いに一つ心になり、高ぶった思いを持たず、かえって身分の低い者に順応しなさい。自分こそ知者だなどと思ってはいけません。

12:17 だれに対してでも、悪に悪を報いることをせず、すべての人が良いと思うことを図りなさい。

12:18 あなたがたは、自分に関する限り、すべての人と平和を保ちなさい。

ローマ人への手紙12章3~8節

2014/3/9

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「恵みによって生きる」

12:3 私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりひとりに言います。だれでも、思うべき限度を越えて思い上がってはいけません。いや、むしろ、神がおのおのに分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深い考え方をしなさい。

12:4 一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、

12:5 大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。

12:6 私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて預言しなさい。

12:7 奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教えなさい。

12:8 勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行なう人は喜んでそれをしなさい。

ローマ人への手紙12章1~2節

2014/3/2

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「心の一心によって」

12:1 そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。

12:2 この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。

ローマ人への手紙11章25~36節

2014/2/23

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「イスラエルの救い」

11:25 兄弟たち。私はあなたがたに、ぜひこの奥義を知っていていただきたい。それは、あなたがたが自分で自分を賢いと思うことがないようにするためです。その奥義とは、イスラエル人の一部がかたくなになったのは異邦人の完成のなる時までであり、

11:26 こうして、イスラエルはみな救われる、ということです。こう書かれているとおりです。「救う者がシオンから出て、ヤコブから不敬虔を取り払う。

11:27 これこそ、彼らに与えたわたしの契約である。それは、わたしが彼らの罪を取り除く時である。」

11:28 彼らは、福音によれば、あなたがたのゆえに、神に敵対している者ですが、選びによれば、先祖たちのゆえに、愛されている者なのです。

11:29 神の賜物と召命とは変わることがありません。

11:30 ちょうどあなたがたが、かつては神に不従順であったが、今は、彼らの不従順のゆえに、あわれみを受けているのと同様に、

11:31 彼らも、今は不従順になっていますが、それは、あなたがたの受けたあわれみによって、今や、彼ら自身もあわれみを受けるためなのです。

11:32 なぜなら、神は、すべての人をあわれもうとして、すべての人を不従順のうちに閉じ込められたからです。

11:33 ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。そのさばきは、何と知り尽くしがたく、その道は、何と測り知りがたいことでしょう。

11:34 なぜなら、だれが主のみこころを知ったのですか。また、だれが主のご計画にあずかったのですか。

11:35 また、だれが、まず主に与えて報いを受けるのですか。

11:36 というのは、すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。

ローマ人への手紙11章13~24節

2014/2/16

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「異邦人への救い」

11:13 そこで、異邦人の方々に言いますが、私は異邦人の使徒ですから、自分の務めを重んじています。

 11:14 そして、それによって何とか私の同国人にねたみを引き起こさせて、その中の幾人でも救おうと願っているのです。

 11:15 もし彼らの捨てられることが世界の和解であるとしたら、彼らの受け入れられることは、死者の中から生き返ることでなくて何でしょう。

 11:16 初物が聖ければ、粉の全部が聖いのです。根が聖ければ、枝も聖いのです。

 11:17 もしも、枝の中のあるものが折られて、野生種のオリーブであるあなたがその枝に混じってつがれ、そしてオリーブの根の豊かな養分をともに受けているのだとしたら、

 11:18 あなたはその枝に対して誇ってはいけません。誇ったとしても、あなたが根をささえているのではなく、根があなたをささえているのです。

 11:19 枝が折られたのは、私がつぎ合わされるためだ、とあなたは言うでしょう。

 11:20 そのとおりです。彼らは不信仰によって折られ、あなたは信仰によって立っています。高ぶらないで、かえって恐れなさい。

 11:21 もし神が台木の枝を惜しまれなかったとすれば、あなたをも惜しまれないでしょう。

 11:22 見てごらんなさい。神のいつくしみときびしさを。倒れた者の上にあるのは、きびしさです。あなたの上にあるのは、神のいつくしみです。ただし、あなたがそのいつくしみの中にとどまっていればであって、そうでなければ、あなたも切り落とされるのです。

 11:23 彼らであっても、もし不信仰を続けなければ、つぎ合わされるのです。神は、彼らを再びつぎ合わすことができるのです。

 11:24 もしあなたが、野生種であるオリーブの木から切り取られ、もとの性質に反して、栽培されたオリーブの木につがれたのであれば、これらの栽培種のものは、もっとたやすく自分の台木につがれるはずです。

ローマ人への手紙11章1~12節

2014/2/9

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「恵みよるレムナントであれ!」

11:1 すると、神はご自分の民を退けてしまわれたのですか。絶対にそんなことはありません。この私もイスラエル人で、アブラハムの子孫に属し、ベニヤミン族の出身です。

 11:2 神は、あらかじめ知っておられたご自分の民を退けてしまわれたのではありません。それともあなたがたは、聖書がエリヤに関する個所で言っていることを、知らないのですか。彼はイスラエルを神に訴えてこう言いました。

 11:3 「主よ。彼らはあなたの預言者たちを殺し、あなたの祭壇をこわし、私だけが残されました。彼らはいま私のいのちを取ろうとしています。」

 11:4 ところが彼に対して何とお答えになりましたか。「バアルにひざをかがめていない男子七千人が、わたしのために残してある。」

 11:5 それと同じように、今も、恵みの選びによって残された者がいます。

 11:6 もし恵みによるのであれば、もはや行ないによるのではありません。もしそうでなかったら、恵みが恵みでなくなります。

 11:7 では、どうなるのでしょう。イスラエルは追い求めていたものを獲得できませんでした。選ばれた者は獲得しましたが、他の者は、かたくなにされたのです。

 11:8 こう書かれているとおりです。「神は、彼らに鈍い心と見えない目と聞こえない耳を与えられた。今日に至るまで。」

 11:9 ダビデもこう言います。「彼らの食卓は、彼らにとってわなとなり、網となり、つまずきとなり、報いとなれ。

 11:10 その目はくらんで見えなくなり、その背はいつまでもかがんでおれ。」

 11:11 では、尋ねましょう。彼らがつまずいたのは倒れるためなのでしょうか。絶対にそんなことはありません。かえって、彼らの違反によって、救いが異邦人に及んだのです。それは、イスラエルにねたみを起こさせるためです。

 11:12 もし彼らの違反が世界の富となり、彼らの失敗が異邦人の富となるのなら、彼らの完成は、それ以上の、どんなにかすばらしいものを、もたらすことでしょう。

ローマ人への手紙10章14~21節

2014/2/2

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「手を差し伸べておられる神」

10:14 しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。

 10:15 遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」

 10:16 しかし、すべての人が福音に従ったのではありません。「主よ。だれが私たちの知らせを信じましたか。」とイザヤは言っています。

 10:17 そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。

 10:18 でも、こう尋ねましょう。「はたして彼らは聞こえなかったのでしょうか。」むろん、そうではありません。「その声は全地に響き渡り、そのことばは地の果てまで届いた。」

 10:19 でも、私はこう言いましょう。「はたしてイスラエルは知らなかったのでしょうか。」まず、モーセがこう言っています。「わたしは、民でない者のことで、あなたがたのねたみを起こさせ、無知な国民のことで、あなたがたを怒らせる。」

 10:20 またイザヤは大胆にこう言っています。「わたしは、わたしを求めない者に見いだされ、わたしをたずねない者に自分を現わした。」

 10:21 またイスラエルについては、こう言っています。「不従順で反抗する民に対して、わたしは一日中、手を差し伸べた。」

ローマ人への手紙10章1~13節

2014/1/26

メッセージ:平吹 貞夫 師

テーマ「パウロの告白」

10:1 兄弟たち。私が心の望みとし、また彼らのために神に願い求めているのは、彼らの救われることです。

 10:2 私は、彼らが神に対して熱心であることをあかしします。しかし、その熱心は知識に基づくものではありません。

 10:3 というのは、彼らは神の義を知らず、自分自身の義を立てようとして、神の義に従わなかったからです。

 10:4 キリストが律法を終わらせられたので、信じる人はみな義と認められるのです。

 10:5 モーセは、律法による義を行なう人は、その義によって生きる、と書いています。

 10:6 しかし、信仰による義はこう言います。「あなたは心の中で、だれが天に上るだろうか、と言ってはいけない。」それはキリストを引き降ろすことです。

 10:7 また、「だれが地の奥底に下るだろうか、と言ってはいけない。」それはキリストを死者の中から引き上げることです。

 10:8 では、どう言っていますか。「みことばはあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。」これは私たちの宣べ伝えている信仰のことばのことです。

 10:9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。

 10:10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。

 10:11 聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」

 10:12 ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。

 10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。

ローマ人への手紙9章30~33節

2013/11/24

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「つまづきの石」

9:30 では、どういうことになりますか。
義を追い求めなかった異邦人は義を得ました。
すなわち、信仰による義です。

 9:31 しかし、イスラエルは、義の律法を追い求めながら、
その律法に到達しませんでした。

 9:32 なぜでしょうか。信仰によって追い求めることをしないで、
行ないによるかのように追い求めたからです。
彼らは、つまずきの石につまずいたのです。

 9:33 それは、こう書かれているとおりです。
「見よ。わたしは、シオンに、つまずきの石、妨げの岩を置く。
彼に信頼する者は、失望させられることがない。」

ローマ人への手紙9章6~13節

2013-10-27

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「創造主の選びのご計画」

9:6 しかし、神のみことばが無効になったわけではありません。
なぜなら、イスラエルから出る者がみな、イスラエルなのではなく、

 9:7 アブラハムから出たからといって、すべてが子どもなのではなく、
「イサクから出る者があなたの子孫と呼ばれる。」のだからです。

 9:8 すなわち、肉の子どもがそのまま神の子どもではなく、
約束の子どもが子孫とみなされるのです。

 9:9 約束のみことばはこうです。
「私は来年の今ごろ来ます。そして、サラは男の子を産みます。」

 9:10 このことだけでなく、
私たちの先祖イサクひとりによってみごもったリベカのこともあります。

 9:11 その子どもたちは、まだ生まれてもおらず、
善も悪も行なわないうちに、神の選びの計画の確かさが、行ないにはよらず、
召してくださる方によるようにと、

 9:12 「兄は弟に仕える。」と彼女に告げられたのです。

 9:13 「わたしはヤコブを愛し、エサウを憎んだ。」と書いてあるとおりです。

ローマ人への手紙8章31~39節

2013/10/6

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「勝利の確信」

8:31 では、これらのことからどう言えるでしょう。
神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。

 8:32 私たちすべてのために、
ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、
御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。

 8:33 神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。

 8:34 罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、
いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、
私たちのためにとりなしていてくださるのです。

 8:35 私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。
患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。

 8:36 「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。
私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。

 8:37 しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、
これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。

 8:38 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、
権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、

 8:39 高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、
私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。

ローマ人への手紙8章28~30節

2013/9/22

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「幸いな人々」

 8:28 神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、
神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。

 8:29 なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人々を、
御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです。
それは、御子が多くの兄弟たちの中で長子となられるためです。

 8:30 神はあらかじめ定めた人々をさらに召し、
召した人々をさらに義と認め、義と認めた人々にはさらに栄光をお与えになりました。

ローマ人への手紙8章23~27節

2013/9/8

メッセージ:平吹貞夫

テーマ「御霊(みたま)の助けがあるから」

8:23 そればかりでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、
心の中でうめきながら、子にしていただくこと、すなわち、
私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。

8:24 私たちは、この望みによって救われているのです。
目に見える望みは、望みではありません。
だれでも目で見ていることを、どうしてさらに望むでしょう。

8:25 もしまだ見ていないものを望んでいるのなら、
私たちは、忍耐をもって熱心に待ちます。

8:26 御霊も同じようにして、弱い私たちを助けてくださいます。
私たちは、どのように祈ったらよいかわからないのですが、
御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。

8:27 人間の心を探り窮める方は、御霊の思いが何かをよく知っておられます。
なぜなら、御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをしてくださるからです。

ローマ人への手紙8章18~22節

2013/9/1

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「神に造られたものたちの望み」

 8:18 今の時のいろいろの苦しみは、将来私たちに啓示されようとしている栄光に比べれば、
取るに足りないものと私は考えます。

 8:19 被造物も、切実な思いで神の子どもたちの現われを待ち望んでいるのです。

 8:20 それは、被造物が虚無に服したのが自分の意志ではなく、
服従させた方によるのであって、望みがあるからです。

 8:21 被造物自体も、滅びの束縛から解放され、
神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。

 8:22 私たちは、被造物全体が今に至るまで、
ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。

ローマ人への手紙8章12~17節

2013/8/25

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「神の子とされる証拠」

8:12 ですから、兄弟たち。私たちは、肉に従って歩む責任を、肉に対して負ってはいません。

 8:13 もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬのです。
しかし、もし御霊によって、からだの行ないを殺すなら、あなたがたは生きるのです。

 8:14 神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。

 8:15 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、
子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父。」と呼びます。

 8:16 私たちが神の子どもであることは、
御霊ご自身が、私たちの霊とともに、あかししてくださいます。

 8:17 もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、
栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、
私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であります。

ローマ人への手紙8章9~11節

2013/8/18

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「復活の約束」

 8:9 けれども、もし神の御霊があなたがたのうちに住んでおられるなら、
あなたがたは肉の中にではなく、御霊の中にいるのです。
キリストの御霊を持たない人は、キリストのものではありません。

 8:10 もしキリストがあなたがたのうちにおられるなら、
からだは罪のゆえに死んでいても、霊が、義のゆえに生きています。

 8:11 もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、
あなたがたのうちに住んでおられるなら、
キリスト・イエスを死者の中からよみがえらせた方は、
あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、
あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです。

ローマ人への手紙8章5~8節

2013\8\11

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「救いのしるし」

 8:5 肉に従う者は肉的なことをもっぱら考えますが、
御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考えます。

 8:6 肉の思いは死であり、御霊による思いは、いのちと平安です。

 8:7 というのは、肉の思いは神に対して反抗するものだからです。
それは神の律法に服従しません。いや、服従できないのです。

 8:8 肉にある者は神を喜ばせることができません。

ローマ人への手紙8章1~4節

2013/8/4

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「救いの確かさ」

8:1 こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。

 8:2 なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、
罪と死の原理から、あなたを解放したからです。

 8:3 肉によって無力になったため、律法にはできなくなっていることを、
神はしてくださいました。神はご自分の御子を、罪のために、
罪深い肉と同じような形でお遣わしになり、肉において罪を処罰されたのです。

 8:4 それは、肉に従って歩まず、御霊に従って歩む私たちの中に、
律法の要求が全うされるためなのです。

ローマ人への手紙7章14~25節

2013/7/28

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「二つの律法」

 7:14 私たちは、律法が霊的なものであることを知っています。
しかし、私は罪ある人間であり、売られて罪の下にある者です。

 7:15 私には、自分のしていることがわかりません。
私は自分がしたいと思うことをしているのではなく、自分が憎むことを行なっているからです。

 7:16 もし自分のしたくないことをしているとすれば、律法は良いものであることを認めているわけです。

 7:17 ですから、それを行なっているのは、もはや私ではなく、私のうちに住みついている罪なのです。

 7:18 私は、私のうち、すなわち、私の肉のうちに善が住んでいないのを知っています。
私には善をしたいという願いがいつもあるのに、それを実行することがないからです。

 7:19 私は、自分でしたいと思う善を行なわないで、かえって、したくない悪を行なっています。

 7:20 もし私が自分でしたくないことをしているのであれば、それを行なっているのは、
もはや私ではなくて、私のうちに住む罪です。

 7:21 そういうわけで、私は、善をしたいと願っているのですが、
その私に悪が宿っているという原理を見いだすのです。

 7:22 すなわち、私は、内なる人としては、神の律法を喜んでいるのに、

 7:23 私のからだの中には異なった律法があって、
それが私の心の律法に対して戦いをいどみ、私を、からだの中にある罪の律法のとりこにしているのを見いだすのです。

 7:24 私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、
私を救い出してくれるのでしょうか。

 7:25 私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。
ですから、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。

ローマ人への手紙7章7~13節

2013/7/14

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「律法を知る」

7:7 それでは、どういうことになりますか。律法は罪なのでしょうか。
絶対にそんなことはありません。ただ、律法によらないでは、私は罪を知ることがなかったでしょう。
律法が、「むさぼってはならない。」と言わなかったら、私はむさぼりを知らなかったでしょう。

 7:8 しかし、罪はこの戒めによって機会を捕え、私のうちにあらゆるむさぼりを引き起こしました。
律法がなければ、罪は死んだものです。

 7:9 私はかつて律法なしに生きていましたが、戒めが来たときに、罪が生き、私は死にました。

 7:10 それで私には、いのちに導くはずのこの戒めが、かえって死に導くものであることが、わかりました。

 7:11 それは、戒めによって機会を捕えた罪が私を欺き、戒めによって私を殺したからです。

 7:12 ですから、律法は聖なるものであり、戒めも聖であり、正しく、また良いものなのです。

 7:13 では、この良いものが、私に死をもたらしたのでしょうか。絶対にそんなことはありません。
それはむしろ、罪なのです。罪は、この良いもので私に死をもたらすことによって、
罪として明らかにされ、戒めによって、極度に罪深いものとなりました。

ローマ人への手紙7章1~6節

2013年6月23聖日

メッセージ:平吹貞夫 師

「真の自由を生きよ」

7:1 それとも、兄弟たち。あなたがたは、律法が人に対して権限を持つのは、
その人の生きている期間だけだ、ということを知らないのですか。
――私は律法を知っている人々に言っているのです。――

7:2 夫のある女は、夫が生きている間は、律法によって夫に結ばれています。
しかし、夫が死ねば、夫に関する律法から解放されます。

7:3 ですから、夫が生きている間に他の男に行けば、姦淫の女と呼ばれるのですが、
夫が死ねば、律法から解放されており、たとい他の男に行っても、姦淫の女ではありません。

7:4 私の兄弟たちよ。それと同じように、あなたがたも、キリストのからだによって、
律法に対しては死んでいるのです。それは、あなたがたが他の人、
すなわち死者の中からよみがえった方と結ばれて、神のために実を結ぶようになるためです。

7:5 私たちが肉にあったときは、律法による数々の罪の欲情が私たちのからだの中に働いていて、
死のために実を結びました。

7:6 しかし、今は、私たちは自分を捕えていた律法に対して死んだので、
それから解放され、その結果、古い文字にはよらず、新しい御霊によって仕えているのです。

ローマ人への手紙6章15~23節

2013年6月13聖日

メッセージ:平吹貞夫師

「二つの道」

6:15 それではどうなのでしょう。私たちは、律法の下にではなく、
恵みの下にあるのだから罪を犯そう、ということになるのでしょうか。
絶対にそんなことはありません。

6:16 あなたがたはこのことを知らないのですか。
あなたがたが自分の身をささげて奴隷として服従すれば、その服従する相手の奴隷であって、
あるいは罪の奴隷となって死に至り、あるいは従順の奴隷となって義に至るのです。

6:17 神に感謝すべきことには、あなたがたは、もとは罪の奴隷でしたが、
伝えられた教えの規準に心から服従し、

6:18 罪から解放されて、義の奴隷となったのです。

6:19 あなたがたにある肉の弱さのために、私は人間的な言い方をしています。
あなたがたは、以前は自分の手足を汚れと不法の奴隷としてささげて、不法に進みましたが、
今は、その手足を義の奴隷としてささげて、聖潔に進みなさい。

6:20 罪の奴隷であった時は、あなたがたは義については、自由にふるまっていました。

6:21 その当時、今ではあなたがたが恥じているそのようなものから、何か良い実を得たでしょうか。
それらのものの行き着く所は死です。

6:22 しかし今は、罪から解放されて神の奴隷となり、聖潔に至る実を得たのです。
その行き着く所は永遠のいのちです。

6:23 罪から来る報酬は死です。
しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。

ローマ人への手紙6章12~14節

2013年6月2聖日

メッセージ:平吹貞夫 師

「イエス様が一番」

6:12 ですから、あなたがたの死ぬべきからだを罪の支配にゆだねて、
その情欲に従ってはいけません。

6:13 また、あなたがたの手足を不義の器として罪にささげてはいけません。
むしろ、死者の中から生かされた者として、
あなたがた自身とその手足を義の器として神にささげなさい。

6:14 というのは、罪はあなたがたを支配することがないからです。
なぜなら、あなたがたは律法の下にはなく、恵みの下にあるからです。

ローマ人への手紙6章6~11節

2013年5月26聖日

メッセージ:平吹貞夫 師

「キリストとともに生きる」

6:6 私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、
罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、
私たちは知っています。

6:7 死んでしまった者は、罪から解放されているのです。

6:8 もし私たちがキリストとともに死んだのであれば、キリストとともに生きることにもなる、と信じます。

6:9 キリストは死者の中からよみがえって、もはや死ぬことはなく、
死はもはやキリストを支配しないことを、私たちは知っています。

6:10 なぜなら、キリストが死なれたのは、
ただ一度罪に対して死なれたのであり、キリストが生きておられるのは、
神に対して生きておられるのだからです。

6:11 このように、あなたがたも、自分は罪に対しては死んだ者であり、
神に対してはキリスト・イエスにあって生きた者だと、思いなさい。

ローマ人への手紙6章1~5節

2013年5月12聖日

メッセージ:平吹貞夫 師

「新しい歩みをするために」

6:1 それでは、どういうことになりますか。
恵みが増し加わるために、私たちは罪の中にとどまるべきでしょうか。

6:2 絶対にそんなことはありません。
罪に対して死んだ私たちが、どうして、なおもその中に生きていられるでしょう。

6:3 それとも、あなたがたは知らないのですか。
キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、
その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。

6:4 私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、
キリストとともに葬られたのです。
それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、
私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。

6:5 もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じよ
うになっているのなら、必ずキリストの復活とも同じようになるからです。

ローマ人への手紙5章18~21節

2013年5月5聖日

メッセージ:平吹貞夫 師

「恵みのすばらしさ」

5:18 こういうわけで、ちょうど一つの違反によって
すべての人が罪に定められたのと同様に、
一つの義の行為によってすべての人が義と認められて、
いのちを与えられるのです。

5:19 すなわち、ちょうどひとりの人の不従順によって
多くの人が罪人とされたのと同様に、
ひとりの従順によって多くの人が義人とされるのです。

5:20 律法がはいって来たのは、違反が増し加わるためです。
しかし、罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。

5:21 それは、罪が死によって支配したように、
恵みが、私たちの主イエス・キリストにより、
義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためなのです。

ローマ人への手紙5章15~17節

2013年4月21聖日

メッセージ:平吹貞夫 師

「復活のいのちと力によって」

ローマ人への手紙5章15~17節

5:15 ただし、恵みには違反の場合とは違う点があります。もしひとりの違反によって多くの人が死んだとすれば、それにもまして、神の恵みとひとりの人イエス・キリストの恵みによる賜物とは、多くの人々に満ちあふれるのです。
5:16 また、賜物には、罪を犯したひとりによる場合と違った点があります。さばきの場合は、一つの違反のために罪に定められたのですが、恵みの場合は、多くの違反が義と認められるからです。
5:17 もしひとりの違反により、ひとりによって死が支配するようになったとすれば、なおさらのこと、恵みと義の賜物とを豊かに受けている人々は、ひとりのイエス・キリストにより、いのちにあって支配するのです。

ローマ人への手紙5章12~14節

2013年4月7聖日

メッセージ:平吹貞夫牧師

「ひとりの人によって」

5:12 そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界に入り、
罪によって死が入り、こうして死が全人類に広がったのと同様に、
──それというのも全人類が罪を犯したからです。

 5:13 というのは、
律法が与えられるまでの時期にも罪は世にあったからです。
しかし罪は、何かの律法がなければ、認められないものです。

 5:14 ところが死は、アダムからモーセまでの間も、
アダムの違反と同じようには罪を犯さなかった人々をさえ支配しました。
アダムはきたるべき方のひな型です。

ローマ人への手紙3章25~26節

012年9月2聖日

「福音の時代」

礼拝メッセージ:平吹貞夫牧師

神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、
公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現すためです。というのは、
今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。
それは、今の時にご自身の義を現すためであり、こうして神ご自身が義であり、
また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。

ローマ人への手紙3章21~22節

2012年8月19聖日

「救いの道」

礼拝メッセージ:平吹貞夫牧師

しかし、今は、律法とは別に、しかも律法と預言者によってあかしされて、
神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による
神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。

ローマ人への手紙3章19~20節

2012年8月12聖日

「最も大切なこと」

礼拝メッセージ:平吹貞夫牧師

さて、私たちは、律法の言うことはみな、
律法の下にある人々に対して言われていることを知っています。
それは、すべての口がふさがれて、全世界が神のさばきに服するためです。
なぜなら、律法を行うことによっては、
だれひとり神の前に義と認められないからです。
律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。

ローマ人への手紙3章9~18節

2012年8月25聖日
メッセージ 平吹貞夫牧師

聖書箇所:ローマ人への手紙3章9節~18節

では、どうなのでしょう。私たちは他の者にまさっているのでしょうか。決してそうではありません。
私たちは前に、ユダヤ人もギリシヤ人も、すべての人が罪の下にあると責めたのです。
それは、次のように書いてあるとおりです。「義人はいない。ひとりもいない。悟りのある人はいない。
神を求める人はいない。すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。善を行う人はいない。
ひとりもいない。」「彼らののどは、開いた墓であり、彼らはその舌で欺く。」「彼らのくちびるの下には
まむしの毒があり、「彼らの口は、のろいと苦さで満ちている。」「彼らの足は血を流すのに速く、
彼らの道には、破壊と悲惨がある。また、彼らは平和の道を知らない。」「彼らの目の前には、神に対する
恐れがない。」

ローマ人への手紙1章1~17節

2019年1月20日

メッセージ:ダグラス・ビショップ師

テーマ「福音・神の力」

ローマ人への手紙

1

1,神の福音のために選び分けられ、使徒として召されたキリスト・イエスのしもべパウロ、

2,--この福音は、神がその預言者たちを通して、聖書において前から約束されたもので、

3,御子に関することです。御子は、肉によればダビデの子孫として生まれ、

4,聖い御霊によれば、死者の中からの復活により、大能によって公に神の御子として示された方、私たちの主イエス・キリストです。

5,このキリストによって、私たちは恵みと使徒の務めを受けました。それは、御名のためにあらゆる国の人々の中に信仰の従順をもたらすためです。

6,あなたがたも、それらの人々の中にあって、イエス・キリストによって召された人々です、--このパウロから、

7,ローマにいるすべての、神に愛されている人々、召された聖徒たちへ。私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安があなたがたの上にありますように。

8,まず第一に、あなたがたすべてのために、私はイエス・キリストによって私の神に感謝します。それは、あなたがたの信仰が全世界に言い伝えられているからです。

9,私が御子の福音を宣べ伝えつつ霊をもって仕えている神があかししてくださることですが、私はあなたがたのことを思わぬ時はなく、

10,いつも祈りのたびごとに、神のみこころによって、何とかして、今度はついに道が開かれて、あなたがたのところに行けるようにと願っています。

11,私があなたがたに会いたいと切に望むのは、御霊の賜物をいくらかでもあなたがたに分けて、あなたがたを強くしたいからです。

12,というよりも、あなたがたの間にいて、あなたがたと私との互いの信仰によって、ともに励ましを受けたいのです。

13,兄弟たち。ぜひ知っておいていただきたい。私はあなたがたの中でも、ほかの国の人々の中で得たと同じように、いくらかの実を得ようと思って、何度もあなたがたのところに行こうとしたのですが、今なお妨げられているのです。

14,私は、ギリシヤ人にも未開人にも、知識のある人にも知識のない人にも、返さなければならない負債を負っています。

15,ですから、私としては、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を伝えたいのです。

16,私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。

17,なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。

出エジプト記32章1~14節

2013-12-1

メッセージ:平吹貞夫 師

テーマ「神は唯一」

32:1 民はモーセが山から降りて来るのに手間取っているのを見て、アロンのもとに集まり、彼に言った。「さあ、私たちに先立って行く神を、造ってください。私たちをエジプトの地から連れ上ったあのモーセという者が、どうなったのか、私たちにはわからないから。」

32:2 それで、アロンは彼らに言った。「あなたがたの妻や、息子、娘たちの耳にある金の耳輪をはずして、私のところに持って来なさい。」

32:3 そこで、民はみな、その耳にある金の耳輪をはずして、アロンのところに持って来た。

32:4 彼がそれを、彼らの手から受け取り、のみで型を造り、鋳物の子牛にした。彼らは、「イスラエルよ。これがあなたをエジプトの地から連れ上ったあなたの神だ。」と言った。

32:5 アロンはこれを見て、その前に祭壇を築いた。そして、アロンは呼ばわって言った。「あすは主への祭りである。」

32:6 そこで、翌日、朝早く彼らは全焼のいけにえをささげ、和解のいけにえを供えた。そして、民はすわっては、飲み食いし、立っては、戯れた。

32:7 主はモーセに仰せられた。「さあ、すぐ降りて行け。あなたがエジプトの地から連れ上ったあなたの民は、堕落してしまったから。

32:8 彼らは早くも、わたしが彼らに命じた道からはずれ、自分たちのために鋳物の子牛を造り、それを伏し拝み、それにいけにえをささげ、『イスラエルよ。これがあなたをエジプトの地から連れ上ったあなたの神だ。』と言っている。」

32:9 主はまた、モーセに仰せられた。「わたしはこの民を見た。これは、実にうなじのこわい民だ。

32:10 今はただ、わたしのするままにせよ。わたしの怒りが彼らに向かって燃え上がって、わたしが彼らを絶ち滅ぼすためだ。しかし、わたしはあなたを大いなる国民としよう。」

32:11 しかしモーセは、彼の神、主に嘆願して言った。「主よ。あなたが偉大な力と力強い御手をもって、エジプトの地から連れ出されたご自分の民に向かって、どうして、あなたは御怒りを燃やされるのですか。

32:12 また、どうしてエジプト人が『神は彼らを山地で殺し、地の面から絶ち滅ぼすために、悪意をもって彼らを連れ出したのだ。』と言うようにされるのですか。どうか、あなたの燃える怒りをおさめ、あなたの民へのわざわいを思い直してください。

32:13 あなたのしもべアブラハム、イサク、イスラエルを覚えてください。あなたはご自身にかけて彼らに誓い、そうして、彼らに、『わたしはあなたがたの子孫を空の星のようにふやし、わたしが約束したこの地をすべて、あなたがたの子孫に与え、彼らは永久にこれを相続地とするようになる。』と仰せられたのです。」

32:14 すると、主はその民に下すと仰せられたわざわいを思い直された。

創世記18章1~8節

2016-7-31

メッセージ:田近玲欧奈師

テーマ「神様をもてなす」

講壇交換 田近玲欧奈先生

(創世記18:1-8)「神様をもてなす」

1 主はマムレの樫の木のそばで、アブラハムに現われた。彼は日の暑いころ、天幕の入口にすわっていた。
2 彼が目を上げて見ると、三人の人が彼に向かって立っていた。彼は、見るなり、彼らを迎えるために天幕の入口から走って行き、地にひれ伏して礼をした。
3 そして言った。「ご主人。お気に召すなら、どうか、あなたのしもべのところを素通りなさらないでください。
4 少しばかりの水を持って来させますから、あなたがたの足を洗い、この木の下でお休みください。
5 私は少し食べ物を持ってまいります。それで元気を取り戻してください。それから、旅を続けられるように。せっかく、あなたがたのしもべのところをお通りになるのですから。」彼らは答えた。「あなたの言ったとおりにしてください。」
6 そこで、アブラハムは天幕のサラのところに急いで戻って、言った。「早く、三セアの上等の小麦粉をこねて、パン菓子を作っておくれ。」
7 そしてアブラハムは牛のところに走って行き、柔らかくて、おいしそうな子牛を取り、若い者に渡した。若い者は手早くそれを料理した。
8 それからアブラハムは、凝乳と牛乳と、それに、料理した小牛を持って来て、彼らの前に供えた。彼は、木の下で彼らに給仕をしていた。こうして彼らは食べた。

ヨシュア記1章1-9節

2013年4月14聖日

メッセージ:ラスティー・カーニー師

「記念の石」

ヨシュア記1章1~9節

1:1 さて、【主】のしもべモーセが死んで後、【主】はモーセの従者、ヌンの子ヨシュアに告げて仰せられた。
1:2 「わたしのしもべモーセは死んだ。今、あなたとこのすべての民は立って、このヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの人々に与えようとしている地に行け。
1:3 あなたがたが足の裏で踏む所はことごとく、わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたに与えている。
1:4 あなたがたの領土は、この荒野とあのレバノンから、大河ユーフラテス、ヘテ人の全土および日の入るほうの大海に至るまでである。
1:5 あなたの一生の間、だれひとりとしてあなたの前に立ちはだかる者はいない。わたしは、モーセとともにいたように、あなたとともにいよう。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。
1:6 強くあれ。雄々しくあれ。わたしが彼らに与えるとその先祖たちに誓った地を、あなたは、この民に継がせなければならないからだ。
1:7 ただ強く、雄々しくあって、わたしのしもべモーセがあなたに命じたすべての律法を守り行え。これを離れて右にも左にもそれてはならない。それは、あなたが行く所ではどこででも、あなたが栄えるためである。
1:8 この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行うためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。
1:9 わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、【主】が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」

ヨブ記1章20-22節

2020年3月29日

メッセージ:木村 恵一 師

テーマ:御前に平伏すのみ

20  ”このとき、ヨブは立ち上がり、その上着を引き裂き、頭をそり、地に
ひれ伏して礼拝し、
21 そして言った。

「私は裸で母の胎から出て来た。

また、裸で私はかしこに帰ろう。

主は与え、主は取られる。

主の御名はほむべきかな。」
22 ヨブはこのようになっても罪を犯さず、神に愚痴をこぼさなかった。”
ヨブ記 1章20~22節
聖書新改訳©2003新日本聖書刊行会

ダニエル書1章1-7節

2020年1月1日

メッセージ:平吹 貞夫 師

テーマ:「決  意  Ⅰ」

1 ”ユダの王エホヤキムの治世の第三年に、バビロンの王ネブカデネザルがエルサレムに来て、これを包囲した。
2 主がユダの王エホヤキムと神の宮の器具の一部とを彼の手に渡されたので、彼はそれをシヌアルの地にある彼の神の宮に持ち帰り、その器具を彼の神の宝物倉に納めた。
3 王は宦官の長アシュペナズに命じて、イスラエル人の中から、王族か貴族を数人選んで連れて来させた。
4 その少年たちは、身に何の欠陥もなく、容姿は美しく、あらゆる知恵に秀で、知識に富み、思慮深く、王の宮廷に仕えるにふさわしい者であり、また、カルデヤ人の文学とことばとを教えるにふさわしい者であった。
5 王は、王の食べるごちそうと王の飲むぶどう酒から、毎日の分を彼らに割り当て、三年間、彼らを養育することにし、そのあとで彼らが王に仕えるようにした。
6 彼らのうちには、ユダ部族のダニエル、ハナヌヤ、ミシャエル、アザルヤがいた。
7 宦官の長は彼らにほかの名をつけ、ダニエルにはベルテシャツァル、ハナヌヤにはシャデラク、ミシャエルにはメシャク、アザルヤにはアベデ・ネゴと名をつけた。”
ダニエル書 1章1~7節
聖書新改訳©2003新日本聖書刊行会

イザヤ55章6~7節

2016-7-3(召天者記念礼拝)

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「主は招いておられる」

イザヤ書55章6節7節 「主は招いておられる」

主を求めよ。お会いできる間に。近くにおられるうちに、呼び求めよ。7 悪者はおのれの道を捨て、不法者はおのれのはかりごとを捨て去れ。主に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。

イザヤ書8章1-10節

2020年11月29日

メッセージ:平吹 貞夫 師

テーマ:「インマヌエルの救い」

1 ”主は私に仰せられた。「一つの大きな板を取り、その上に普通の文字で、『マヘル・シャラル・ハシュ・バズのため』と書け。
2 そうすれば、わたしは、祭司ウリヤとエベレクヤの子ゼカリヤをわたしの確かな証人として証言させる。」
3 そののち、私は女預言者に近づいた。彼女はみごもった。そして男の子を産んだ。すると、主は私に仰せられた。「その名を、『マヘル・シャラル・ハシュ・バズ』と呼べ。
4 それは、この子がまだ『お父さん。お母さん』と呼ぶことも知らないうちに、ダマスコの財宝とサマリヤの分捕り物が、アッシリヤの王の前に持ち去られるからである。」
5 主はさらに、続けて私に仰せられた。
6   「この民は、ゆるやかに流れるシロアハの水をないがしろにして、レツィンとレマルヤの子を喜んでいる。
7   それゆえ、見よ、主は、あの強く水かさの多いユーフラテス川の水、アッシリヤの王と、そのすべての栄光を、彼らの上にあふれさせる。それはすべての運河にあふれ、すべての堤を越え、
8   ユダに流れ込み、押し流して進み、首にまで達する。インマヌエル。その広げた翼はあなたの国の幅いっぱいに広がる。」
9   国々の民よ。打ち破られて、わななけ。遠く離れたすべての国々よ。耳を傾けよ。腰に帯をして、わななけ。腰に帯をして、わななけ。
10   はかりごとを立てよ。しかし、それは破られる。申し出をせよ。しかし、それは成らない。神が、私たちとともにおられるからだ。”
イザヤ書 8章1~10節
聖書 新改訳©2003新日本聖書刊行会

箴言3章1~12節

2018年11月18日

メッセージ:ビショップ・ダグラス師

テーマ「主を認めよ」

箴言

3

1,わが子よ。私のおしえを忘れるな。私の命令を心に留めよ。

2,そうすれば、あなたに長い日と、いのちの年と平安が増し加えられる。

3,恵みとまことを捨ててはならない。それをあなたの首に結び、あなたの心の板に書きしるせ。

4,神と人との前に好意と聡明を得よ。

5,心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。

6,あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。

7,自分を知恵のある者と思うな。主を恐れて、悪から離れよ。

8,それはあなたのからだを健康にし、あなたの骨に元気をつける。

9,あなたの財産とすべての収穫の初物で、主をあがめよ。

10,そうすれば、あなたの倉は豊かに満たされ、あなたの酒ぶねは新しいぶどう酒であふれる。

11,わが子よ。主の懲らしめをないがしろにするな。その叱責をいとうな。

12,父がかわいがる子をしかるように、主は愛する者をしかる。

コロサイ人への手紙1章9~23節

2018年1月21日

メッセージ:ビショップ・ダグラス師

テーマ「キリスト・見えない神の形」

9,こういうわけで、私たちはそのことを聞いた日から、絶えずあなたがたのために祈り求めています。どうか、あなたがたがあらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころに関する真の知識に満たされますように。

10,また、主にかなった歩みをして、あらゆる点で主に喜ばれ、あらゆる善行のうちに実を結び、神を知る知識を増し加えられますように。

11,また、神の栄光ある権能に従い、あらゆる力をもって強くされて、忍耐と寛容を尽くし、

12,また、光の中にある、聖徒の相続分にあずかる資格を私たちに与えてくださった父なる神に、喜びをもって感謝をささげることができますように。

13,神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。

14,この御子のうちにあって、私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ています。

15,御子は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方です。

16,なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。

17,御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。

18,また、御子はそのからだである教会のかしらです。御子は初めであり、死者の中から最初に生まれた方です。こうして、ご自身がすべてのことにおいて、第一のものとなられたのです。

19,なぜなら、神はみこころによって、満ち満ちた神の本質を御子のうちに宿らせ、

20,その十字架の血によって平和をつくり、御子によって万物を、御子のために和解させてくださったからです。地にあるものも天にあるものも、ただ御子によって和解させてくださったのです。

21,あなたがたも、かつては神を離れ、心において敵となって、悪い行いの中にあったのですが、

22,今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。

23,ただし、あなたがたは、しっかりとした土台の上に堅く立って、すでに聞いた福音の望みからはずれることなく、信仰に踏みとどまらなければなりません。この福音は、天の下のすべての造られたものに宣べ伝えられているのであって、このパウロはそれに仕える者となったのです。

ガラテヤ5章16−26節

2019年3月17日

メッセージ:佐々木龍儀師

テーマ:御霊によって歩みなさい

私は言います。御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。17 なぜなら、肉の願うことは御霊に逆らい、御霊は肉に逆らうからです。この二つは互いに対立していて、そのためあなたがたは、自分のしたいと思うことをすることができないのです。18 しかし、御霊によって導かれるなら、あなたがたは律法の下にはいません。19 肉の行いは明白であって、次のようなものです。不品行、汚れ、好色、20 偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、21 ねたみ、酩酊、遊興、そういった類のものです。前にもあらかじめ言ったように、私は今もあなたがたにあらかじめ言っておきます。こんなことをしている者たちが神の国を相続することはありません。22 しかし、御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、23 柔和、自制です。このようなものを禁ずる律法はありません。24 キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、さまざまの情欲や欲望とともに、十字架につけてしまったのです。25 もし私たちが御霊によって生きるのなら、御霊に導かれて、進もうではありませんか。26 互いにいどみ合ったり、そねみ合ったりして、虚栄に走ることのないようにしましょう。

 

 

 

 

Ⅰコリント15章12-21節

2019年7月7日

メッセージ:平吹 貞夫 師

テーマ:眠った者の初穂として

12  ”ところで、キリストは死者の中から復活された、と宣べ伝えられているのなら、どうして、あなたがたの中に、死者の復活はない、と言っている人がいるのですか。
13 もし、死者の復活がないのなら、キリストも復活されなかったでしょう。
14 そして、キリストが復活されなかったのなら、私たちの宣教は実質のないものになり、あなたがたの信仰も実質のないものになるのです。
15 それどころか、私たちは神について偽証をした者ということになります。なぜなら、もしもかりに、死者の復活はないとしたら、神はキリストをよみがえらせなかったはずですが、私たちは神がキリストをよみがえらせた、と言って神に逆らう証言をしたからです。
16 もし、死者がよみがえらないのなら、キリストもよみがえらなかったでしょう。
そして、もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。
18 そうだったら、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのです。
19 もし、私たちがこの世にあってキリストに単なる希望を置いているだけなら、私たちは、すべての人の中で一番哀れな者です。
20  しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。
21 というのは、死がひとりの人を通して来たように、死者の復活もひとりの人を通して来たからです。”
コリント人への手紙第一 15章12~21節
聖書新改訳©2003新日本聖書刊行会

第1コリント15章3~11節

2017年4月16日

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「私たちの罪のためによみがえられたこと」

第1コリント15章3~11節

3私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、

4また、葬られたこと、また、聖書に従って、三日目によみがえられたこと、

5また、ケパに現れ、それから十二弟子に現れたことです。

6その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現れました。その中の大多数の者は今なお生き残っていますが、すでに眠った者もいくらかいます。

7その後、キリストはヤコブに現れ、それから使徒たち全部に現れました。

8そして、最後に、月足らずで生まれた者と同様な私にも、現れてくださいました。

9私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。

10ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵みです。

11そういうわけですから、私にせよ、ほかの人たちにせよ、私たちはこのように宣べ伝えているのであり、あなたがたはこのように信じたのです。

第1コリント15章3~5節

2015/5/17

メッセージ:デイル・ビショップ師

テーマ「我らの希望」

Ⅰコリント15:3-5「福音、我らの希望」ビショップ先生。

私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、

15:4 また、葬られたこと、また、聖書に従って三日目によみがえられたこと、

15:5 また、ケパに現われ、それから十二弟子に現われたことです。

第2コリント4章5~6節

2015-11-29

メッセージ:松田聖一師

テーマ「私たちを照らすイエス・キリスト」

コリント人への手紙 第二 4章 5節
私たちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・

イエスを宣べ伝えます。私たち自身は、イエスのために、あなたがたに仕えるしもべなのです。
コリント人への手紙 第二 4章 6節
「光が、やみの中から輝き出よ」と言われた神は、

私たちの心を照らし、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。

 

第2コリント4章1~18節

2014/1/19

メッセージ:ダグラス・ビショップ師

テーマ「神のことば」

4:1 こういうわけで、私たちは、あわれみを受けてこの務めに任じられているのですから、勇気を失うことなく、

 4:2 恥ずべき隠された事を捨て、悪巧みに歩まず、神のことばを曲げず、真理を明らかにし、神の御前で自分自身をすべての人の良心に推薦しています。

 4:3 それでもなお私たちの福音におおいが掛かっているとしたら、それは、滅びる人々のばあいに、おおいが掛かっているのです。

 4:4 そのばあい、この世の神が不信者の思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光にかかわる福音の光を輝かせないようにしているのです。

 4:5 私たちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・イエスを宣べ伝えます。私たち自身は、イエスのために、あなたがたに仕えるしもべなのです。

 4:6 「光が、やみの中から輝き出よ。」と言われた神は、私たちの心を照らし、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。

 4:7 私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。

 4:8 私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。

 4:9 迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。

 4:10 いつでもイエスの死をこの身に帯びていますが、それは、イエスのいのちが私たちの身において明らかに示されるためです。

 4:11 私たち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されていますが、それは、イエスのいのちが私たちの死ぬべき肉体において明らかに示されるためなのです。

 4:12 こうして、死は私たちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのです。

 4:13 「私は信じた。それゆえに語った。」と書いてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っている私たちも、信じているゆえに語るのです。

 4:14 それは、主イエスをよみがえらせた方が、私たちをもイエスとともによみがえらせ、あなたがたといっしょに御前に立たせてくださることを知っているからです。

 4:15 すべてのことはあなたがたのためであり、それは、恵みがますます多くの人々に及んで感謝が満ちあふれ、神の栄光が現われるようになるためです。

 4:16 ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。

 4:17 今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。

 4:18 私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。

第1テサロニケ4章13~18節

2018年7月1日

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「眠った人々について」

13
眠った人々のことについては、兄弟たち、あなたがたに知らないでいてもらいたくありません。あなたがたが他の望みのない人々のように悲しみに沈むことのないためです。
14
私たちはイエスが死んで復活されたことを信じています。それならば、神はまたそのように、イエスにあって眠った人々をイエスといっしょに連れて来られるはずです。
15
私たちは主のみことばのとおりに言いますが、主が再び来られるときまで生き残っている私たちが、死んでいる人々に優先するようなことは決してありません。
16
主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、
17
次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。
18
こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。

第1テサロニケ4章13~18節

2015-07-05

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「眠りから覚めるとき」

(召天者記念礼拝)Ⅰテサロニケ4:13-18「眠りから覚めるとき」

4:13 眠った人々のことについては、兄弟たち、あなたがたに知らないでいてもらいたくありません。あなたがたが他の望みのない人々のように悲しみに沈むことのないためです。

4:14 私たちはイエスが死んで復活されたことを信じています。それならば、神はまたそのように、イエスにあって眠った人々をイエスといっしょに連れて来られるはずです。

4:15 私たちは主のみことばのとおりに言いますが、主が再び来られるときまで生き残っている私たちが、死んでいる人々に優先するようなことは決してありません。

4:16 主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、

4:17 次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

4:18 こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。

第1ペテロ4章1~11節

2013年5月19聖日

メッセージ:デイル・ビショップ 師

「栄光と支配がキリストにあるように」

4:1 このように、キリストは肉体において苦しみを受けられたのですから、
あなたがたも同じ心構えで自分自身を武装しなさい。
肉体において苦しみを受けた人は、罪とのかかわりを断ちました。

4:2 こうしてあなたがたは、地上の残された時を、
もはや人間の欲望のためではなく、
神のみこころのために過ごすようになるのです。

4:3 あなたがたは、異邦人たちがしたいと思っていることを行ない、
好色、情欲、酔酒、遊興、宴会騒ぎ、忌むべき偶像礼拝などにふけったものですが、
それは過ぎ去った時で、もう十分です。

4:4 彼らは、あなたがたが自分たちといっしょに度を過ごした放蕩に走らないので
不思議に思い、また悪口を言います。

4:5 彼らは、生きている人々をも死んだ人々をも、
すぐにもさばこうとしている方に対し、申し開きをしなければなりません。

4:6 というのは、死んだ人々にも福音が宣べ伝えられていたのですが、
それはその人々が肉体においては人間としてさばきを受けるが、
霊においては神によって生きるためでした。

4:7 万物の終わりが近づきました。
ですから、祈りのために、心を整え身を慎みなさい。

4:8 何よりもまず、互いに熱心に愛し合いなさい。
愛は多くの罪をおおうからです。

4:9 つぶやかないで、互いに親切にもてなし合いなさい。

4:10 それぞれが賜物を受けているのですから、
神のさまざまな恵みの良い管理者として、その賜物を用いて、
互いに仕え合いなさい。

4:11 語る人があれば、神のことばにふさわしく語り、
奉仕する人があれば、神が豊かに備えてくださる力によって、
それにふさわしく奉仕しなさい。それは、すべてのことにおいて、
イエス・キリストを通して神があがめられるためです。
栄光と支配が世々限りなくキリストにありますように。
アーメン。

第1ヨハネ5章18~21節

2015-08-02

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「最後の確認」

Ⅰヨハネ5:18-21「最後の確認」

5:18 神によって生まれた者はだれも罪の中に生きないことを、私たちは知っています。神から生まれた方が彼を守っていてくださるので、悪い者は彼に触れることができないのです。

5:19 私たちは神からの者であり、全世界は悪い者の支配下にあることを知っています。

5:20 しかし、神の御子が来て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことを知っています。それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス・キリストのうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。

5:21 子どもたちよ。偶像を警戒しなさい。

第1ヨハネ5章14~17節

2015-7-26

メッセージ:平吹貞夫師

テーマ「最後の確認」

Ⅰヨハネ5:14-17「とりなしの祈り」

5:14 何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。

5:15 私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。

5:16 だれでも兄弟が死に至らない罪を犯しているのを見たなら、神に求めなさい。そうすれば神はその人のために、死に至らない罪を犯している人々に、いのちをお与えになります。死に至る罪があります。この罪については、願うようにとは言いません。

5:17 不正はみな罪ですが 、死に至らない罪があります。